2018年06月19日

2018年6月17日礼拝メッセージ「あなたの若い日に」伝道者の書12章1節 音声で聴く。

伝道者の書12:1              「あなたの若い日に」                   18/6.17


【序】今日は父の日。父とは、母よりも忘れられやすい存在かもしれない…。私たちは互いに忘れたり、忘れられたりすることもあるが、忘れてほしくない、否、忘れてはならない方のことについて話したい。


T. 「創造者を覚えよ」とは?


「創造者を覚えよ」とは、「神を神としなさい。あなたを造られた方を認め、恐れなさい」の意。こういう話をすると「神がいるなら証明してみよ」という人がいる。しかし、目には見えなくても信じることはできる。

【例】無神論の学生とクリスチャンの学者の会話。重力は五感で感じられなくても、確かに存在する。神も同様。

【証】赤ちゃんは教えなくても、胎内から外へ出る方法を知っている。→人間を超える方の存在を示唆している。

【適用】私たちが認めても認めなくても、神の存在は否定できない事実だ。あなたの創造者を認め、恐れよう。


U.神を信じる必要はあるのか?


Q1「神を信じるのは窮屈だ。信じない方が自由で楽しいのではないか?」→これは本当だろうか?

【例】ソロモン王を見よ。地位、富、名誉を全て手に入れた彼がたどり着いた結論は?「空の空」(8)

【例】私(後藤)の姉。都会に出て、自由を謳歌したが、姉が出した結論も同様だ。「全てが空しい。」

→ソロモンが伝道者の書を残したのは、後世の私たちに彼の過ちを繰り返させないためだと知ろう。


Q2「神を信じるなら死ぬ前でいいのでは?」→そう言う方は、自分が死ぬ日を知っているのだろうか?【例】私の妹は10歳の時、事故で召天した。予期した人はいない。→若くても長生きする保証はない。

【例】日本人は保険好きで知られる。90%が加入している。→死の備えの方がもっと大事ではないか?

ソロモンは言う。「災いの日が来ないうちに(神を信じなさい)。」聖書は、死後に裁きがあると明言する。神を信じなくても生きることはできよう。しかし、裁きがあることを忘れてはならない。(11:9,12:14参照)


V.神を信じる祝福


神を信じて与えられる恵みは計り知れず、数えることもできない。ここでは、2つだけ挙げておきたい。

@      心が満たされる:神を信じるなら、生きる意味は明確になる。神によって、空しい心は満たされる。

【証】英国の数学者J.グッドソン。無神論の家庭に育つも、真の神を信じて、生きる目的を与えられた。

Tヨハ4:10「神が私たちを愛し、私たちの罪のために、…御子を遣わされました。ここに愛がある…。」

【適用】神の愛が本気で分かった時、意識は変わる。生きる目的は明確になり、空しさから解放される。

A      永遠への備えができる:死と裁きを考えると、恐ろしい。しかし、神を信じる者は恐れることがない。

ヨハネ5:24「…(神)を信じる者は、永遠の命を持ち、裁きに会うことがなく、死から命に移っている…。」

【適用】今日ほど若い日はない。あなたの若い日に、あなたの創造者を信じ、受け入れて頂きたい。

posted by kbcc at 13:45| 礼拝

2018年06月11日

2018年6月10日礼拝メッセージ「祟りはあるのか」ルカ13章1-5節 音声で聴く。


ルカ13:1−5         「祟りはあるのか」          18/6.10

【序】日本は非常に祟りを恐れる国である。縁起を担ぐのも冠婚葬祭の日取りを選ぶのも病院で4号室、9号室を作らないのも根には祟りを恐れる思想がある。又弱みに付け込んでお金を求める悪徳宗教もある。ある人が不幸が重なり霊能者に「悪い霊が憑りついている。お祓いをしてあげるから○○万円持ってきなさい」と言われたそうだ。これは一種の脅しだ。この様に悪い事があった場合、何かの祟り、因果応報とか、或いはクリスチャンでも自分は罪深いからこんな事が起こったのではないか、と悩む方もおられる。いったい祟りはあるのか?聖書のメッセージを聞いて頂きたいと思う。


T.祟り思想の実態

総督ピラトがガリラヤ人を殺して、その血を祭壇の生贄に混ぜた事件で、殺された人々は他の人より罪深かったのではないか()、また塔が倒れて亡くなった人たちは他の人より罪深かったのではないか()、と当時の人々は考えた。こういう思想は昔も今もイスラエルにも日本にも根強く残っている。     

         【例】1.三浦綾子さんはカリエスで療養中ある宗教の伝道師に「肺結核と癩病は天刑病で神が与えた

              罰、即ちハイと素直に返事しなかったから。顔にある痣は前世で夫の顔を踏みつけたから」

と言われ非常に心を傷つけられた。

    2.横田めぐみさんが拉致された時、母早紀江さんに宗教の勧誘「子供は親の鏡。子は親の全てを表す。新聞を騒がす事件が起きるのは、先祖の因果応報」と責められ涙す…

U.主イエスの答え

「そうではない」()「そうではない」()と二度も強く否定し、祟り思想、因果応報思想を一蹴された。聖書が祟りを否定する二つの理由:

1.   十字架で主イエス御自身が人類の罪の呪いを一切を引き受けて下さった

確かに罪は裁かれねばならない。しかし何度も罪を犯し続ける弱さを持つ人間のためにキリスト御自身がその裁きと呪いを私たちに代わって受けてくださった。十字架はそのためである→ガラテヤ3:13 だから呪い祟りは終わったのだ!

 2.神が災いを祝福に変えてくださる

ヨハネ9:1-3「神の業が現れる為」=神を信じて生きる素晴らしさがその人に現れる、との意味。主イエスは、自分には何の責任もない生来の盲目の人に、因果応報の思想を完全否定されただけではなく、かえって、そのハンディを通して神の業が現れる道を示された。∴【証】新垣勉さん…生まれて間もなく助産婦の間違いで家畜に使う点眼薬を投与され失明、更に1歳の時、ラテン系アメリカ人の父と日本人の母離婚。母は彼を祖母に預けて再婚。大きくなったら両親を殺して自分も死ぬと決意する。唯一の慰めは歌うこと。14歳の時ラジオから流れてくる讃美歌に惹かれも教会に行き牧師に思いのたけを語る。やがて信仰を持ち、新しく生き始め盲学校、西南大学に学ぶ。そこで世界的ボイストレーナーのバランドーニ師に「あなたは日本人離れした天性の明るい声をもっている、きっとお父さんのおかげだね、感謝すべきだよ」憎しみが消え去った瞬間だった。

V.だから悔い改めよ(3,5)

「悔い改め」で誤解があるのは「悪い行い」を改めると理解されている事で、それは聖書では「悔い改めにふさわしい実を結ぶ」であり、「悔い改め」とは思いを変えること

【適用】→神無しの考えから神がおられる考えに。キリストは単なる宗教家という考えから神の御子救い主という考えに。自分には罪はないという考えから自分も救われねばならない罪人であるという考えに。禍は祟りだという考えから神の御業に変えられるという考えに変えられていく事である。


posted by kbcc at 14:31| 礼拝

2018年06月08日

2018年6月3日礼拝メッセージ「気をもむ日々からの解放」ルカ12章22-30節 音声で聴く。

ルカ12:22−30     「気をもむ日々からの解放」      18.6.3

【序】アバコというキリスト教団体のアンケートで「聖書の中で最も好きな言葉は?」に「明日を思い煩うな」が第1位だったそうだ。裏を返せば、それほど思い煩う生き方に支配されているという事だ。勿論誰も好んで気をもむ人はいない。できれば気をもまない日々を送りたい。でも現実は気をもんでしまう。そういう私たちなので、今日の御言葉をしっかり受け止めたい。


T.原語で「気をもむ」とはどんな意味か

 「気をもむ」は原語で「引っ張られる」である。あの事、この事で問題に引っ張られてしまうことである。自分が問題を引っ張るのはいいのだが、逆なのだ。問題に自分が引っ張られてしまう。すると自分がフラフラして安定を失い、落ち着かなくなってしまう訳だ。このフラフラする自分の状態は心にも体にも良くない。


U.気をもまない日々を生きるために知るべき事は何か

1.気をもんでも問題は解決しない

「心配したからと言って、自分の命を少しでも延ばすことができますか」(25

とキリストは言われた。私たちは、あの事この事、特に健康のことを心配するわけだが、今まで多くの病者と関わってきたが、深く感じる実感は、人は病気で死ぬのではない、人は寿命で死ぬのだ。神の時が来ないなら、どんなに重い病でも死なないし、神の時が来たらどんなに健康を誇っていても死ぬ、という事。思い煩っても寿命を延ばせない。神の時までは人は生きるし、信仰者なら延命より永遠の命を与えられている。これは幸いである!


2.最善の計画をされる神がおられる

「どんなによくしてくださることでしょう」(28)(「よく」=最善の意味。)

【例証】・ヨセフの生涯―兄の虐待や冤罪での牢獄が未来の祝福の計らいに至るとは!

・モーセの生涯―王子から転落人生で一介の羊飼いになり無意味に思えた荒野の生活がやがて民を荒野に導く時の前もっての学習体験であったとは!

ヨセフの牢獄自体は最悪だったが最善だった。またモーセの荒野生活も最悪だったが最善だった。神が導かれる人生は最高の人生ではないかもしれないが最善の人生なのだ。神の最善を信じて生きて行こう!


3.神はあなたの必要を知っておられる(30)

「あなたがたの父はそれがあなたがたに必要であることを知っておられます」(30だから心配するな。心配よりも信頼が大事。

【適用】孫の遊ぶジクソーパズル…端から見ていて答えは大人の私には直ぐにわかる。孫はまごまごして思案顔。神と人間の関係も似ている。問題に直面している人間には答えが分からず気をもむのだが、それを見ている神には答えが分かる。→「わたしのしている事は今はあなたにはわからないが後でわかるようになります」(ヨハネ13:7

posted by kbcc at 10:34| 礼拝