2016年04月24日

2016年4月24日主日礼拝

「人生の嵐に悩む時」マルコ4章35?41節を聴く。




マルコ4:35−41       「人生の嵐に悩む時」

【序】人生、スイスイと行ってほしいが、現実は様々な嵐が起こる。そんな時「これからやって行けるか?」と不安に襲われるが、聖書には「恐れるな」「心配するな」という言葉が360回も出てくる。1年は365日であるから神様は私達にほぼ毎日「恐れるな」と語っておられる計算になる。それ程、恐れに囲まれる事が多い私たちに神の励ましがあるという事だ。ぜひ今日の聖書から神のメッセージを受け入れて頂きたい。

T.自分の経験が通用しない嵐がある

キリストの弟子達は漁師であり湖のプロであったが嵐に会い「どうしてそんなに怖がるのか」(40)と言われた程パニックになった。私達も人生で自分の経験や力が通用しない人生の嵐を経験する。多くの人と接し誰にもある三つの人生の嵐: 1.今死んだら困るという健康の不安…結構診断で引っかかると堪らなく不安 2.一番近い人と上手くやっていけない人間関係の不安(親子、夫婦兄弟、友人、職場関係)3.自分は成功しないのではないかという自己達成の不安…

U.人生の嵐の時、してはいけない事

1.自分で運命を決めてしまう事「溺れ死にそう」(38b)
世の嵐に囲まれる時の悪い考えは、自分の将来を勝手に滅びると決めてしまう事。→「私達が溺れて死にそう」(38)(原語―死に向かっている、との意)弟子達は「滅びる」と断定しているが、そうではない。人間の未来を決定するのは神なのだ。
【証】自分はダメだと劣等感に陥る牧師の話…ダメだとかダメでないとかを決めるのは神なのだ。自分で自分を決めるのは一種の高慢なのだ。ダメな者を承知の上で用いられる神を受け入れよ。

2.僻みに捉われる事「何とも思われないのですか」(38)
恐れの時、頼れるものを失うと不安になり、他人を恨み僻み易い。自分はどうせ顧みられる価値がないのだ、と。しかし自分の価値を自分で決めるからフラフラするのだ。神を見上げよ!十字架の愛は最高の愛があなたに!(イザヤ43:4!)

V.嵐を沈めるお方がいる

「黙れ。静まれ。すると風は止み大凪になった」(39)
私達は人生の嵐を沈める力はなく慌てふためくばかりだが、感謝な事にキリストは天地創造された神の御子である方だから、その手の作品である自然を支配できるお方!しかも私たちと同船し「嵐」を沈めてくださる→7。主イエスを信じよ!
【証】Yさんの経験…生きがいは仕事、支えは健康と家族。支店長になり3か月目、心筋梗塞で一命を取り留めたが、元の様にバリバリ働けない身体になった。やがて退職を迫られ。悶々とする日々、ラジオ福音放送を通し聖書を読み始めた。私にこう言われた「仕事も健康も当てになりませんね。病気になった事は辛かったですが、健康の時には得られなかった人生の支えと安らぎを見出して本当に嬉しく思っています!」
【励ま】心配性の方への励まし…主は「思い煩うな」と言われたが中々そうできない。何度も委ねた積もりが又煩い。自分は小さな信仰だと嘆く。しかし主にしてみれば心配などどこ吹く風という人よりも、心配ばかりする私たちの方が「よし分かった!任せなさい」と仰り甲斐があるだろう!

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2016年04月17日

2016年4月17日主日礼拝

「神に祝福された印」創世記4章17?26節を聴く。




創世記4:17−26       「神に祝福された印」

【序】世の宗教では神の祝福の印を「商売繁盛、無病息災、立身出世」と言う。しかし聖書のザアカイはそれらを得たのに少しも幸せではなかった。どうも違うのではないか?今日の箇所からカインの子孫とセツの子孫の歩んだ道から「神に祝福された印」について学びたい。

T.カインとその子孫の目指したもの

弟殺しをしたカインはエデンの東に妻(おそらく妹)と住んで…

1. 町建設(17)=労働に励んだ
エデンの園のような庭ではなく村でもない→「町」建設に励んだ=労働に励んだ。時に労働は悲しみを忘れさせてくれる。しかし労働に逃げるという面もある。カインは考えなければならない事に目をつぶり仕事に没頭した。

2. 英才教育に励んだ
17節―カインの最初の子「エノク」(「初め」の意味)全てを水に流して出直したかった願いが解る―続いて産まれる子供に付けた名前から英才教育に励む姿が解る→18節「イラデ」(「都会人」)「メフヤエル」(「不死身の男」)、「メトシャエル」(神のような男スーパーマン)「レメク」(王者)→立身出世、才能教育!しかし神抜きで神の様になろうとするのは、後のバベルの塔に見るように頭打ちをする。

3. 豊かさの追求に励む
豊かさの追求―「ヤバル」(20)(牧畜業の先祖)「ユバル」(立琴と笛の先祖-芸術まで生まれている)。22節「トバルカイン」(青銅、鉄=武器の先祖)。皮肉にも文化、文明は無神論の世界で発達したのだ。最後は24節のレメクの歌で終わる。自分の力を誇り、カインを攻撃する者は7倍の復讐なら、自分には77倍の復讐だと言う。これは強者の驕りでしかない。
※これは繁栄かもしれないが神の祝福の印とは言えない!

U.セツとその子孫の生き方

1 アダムとエバは二人の子を失う悲しみを通して「謙遜」を知った。
名前「セツ」(「授かる」の意 「エノシュ」(「儚さ」の意)

 その子孫は「主の名によって祈ることを始めた」(26)

V.神が祝福される印

セツの子孫には特筆すべき繁栄も豊かさも文明の発達もない。書くべき事はたった26節の1節だけ。悲しみや死を通して謙遜を知り主の名を呼ぶ祈りの生活を知った。これこそ豊かさや繁栄に勝る神の祝福なのだと聖書は語るのだ。
【適用】あなたは豊かさを失い悲しみを経験したかも知れない。しかしあなたがこうして「主の教会に来てただ主を礼拝し」「祈る」ことの中に、あなたが祝福された印がある!∴落ち込むことはないのだ。これこそ神が祝福された印なのだから!

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2016年04月10日

2016年4月10日主日礼拝

「涙の谷を過ぎる時も」詩篇84章5?7節を聴く。




創世記4:1−16       「問題の人間と人間の問題」

【序】今日の聖書に「涙の谷を過ぎる時も」とあるが、この涙の谷は全ての人が通る谷ではないだろうか。特に家族を天に送る経験というのはその最大かもしれない。或いは今日集われた方々にとっても試練という涙の谷をどう乗り越えていけばよいのか悩んでいる方もおられるかもしれない。そこで聖書からの励ましをお伝えしたい。


.涙の谷を通る理由

涙の谷を歩んでいる時、色々と理由付けを聞かされる。「因果応報」「心がけが悪かったからだ」 (三浦綾子氏は入院中ある布教師に肺病になったのは素直に「ハイ」とい言わなかったからと言われ深く傷ついた) しかし聖書はそうは言わない→「そこを泉の湧くところとします」(6)つまり、あなたが涙の谷を通った理由は「泉の湧く生涯」への招きだったのだ。神の御心は、涙が癒されるだけではなく、その経験を通して、あなたが周りの人々を慰める存在に導くという経験のためなのだ。【証】1985年日航ジャンボジェット機墜落で五百人以上が死んだ。クリスチャンの奥さんは夫を亡くし一過性の鬱、最も慰められたのは八百屋のおじさん「奥さん大変なことになりましたね。言葉もありません。私、野菜をもってきました、体を大切にしてください」と涙をポロポロ流された。

.涙の谷をどう超えていくか

1.過去に原因を探すのをやめましょう
大きな試練に直面すると「どうして私が会う?」と嘆き、色々とその原因を探し始める。しかし大抵原因探求は当たらない。また仮にあたっていても、時間を取り戻せないのだから原因探求は解決しない!

2.思い煩いを捨てましょう
私達は基本的に心配性のところがある。その中で健康に関する事が最大の心配かもしれない。キリストは「心配したからと言って僅かでも寿命を延ばすことができようか」と言われた。人は病気では死なない。人は寿命で死ぬのだ。神の時が来ないならどんな重い病でも死なないし、神の時が来たらどんなに健康でも死ぬ。
【例】30歳の健康診断で癌を疑われそれ以来周りに自分は癌で死ぬと言い回っていた。死んだのは72才で肺炎。

3.将来に神が導かれる最善を信じましょう
聖書に素晴らしい言葉がある。「神は全ての事を働かせて益としてくださる」(ローマ8:28)とある。信じて頂きたいのは私たちを愛しておられる神はあなたの人生の苦しい事や悲しい事をひっくるめて万事を益に変えてくださるのだ。

.泉が湧く生涯の秘訣

「何と幸いな事でしょう。その力があなたにあり、その力があなた(神)にある人」(5)
「あなた」とは私達を造られた愛の神。悲しみも苦難も益に変えて下さる真の神。
∴神を信じ神と共に歩むことが大切なのだ。苦難も意味が分かる時が来る
【証】黒柳朝さん…息子の死別で神信仰を失ったが、20数年後、末の息子の結婚式で突如閃いた一つの思い「不幸な出来事や試練は避けては通れない事こそ生きている証なのだ」ここから信仰を取り戻した。同じ一回限りの人生なら、恨みや嘆きで終わらず、希望をもって自分なりの泉を沸かせる生涯がある事を信じて進もうではないか!

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