2016年05月29日

2016年5月29日主日礼拝「すべてのことが働いて益となる」ローマ8章28節を




ローマ8:28       「すべてのことが働いて益となる」

【序】クリスチャン用語が、一般社会でも使われている。「バイブル」や「伝道師」など。ところで、一般の諺で聖書に通ずるものもある。「風が吹けば桶屋が儲かる」はそうかもしれない。「物事が巡り巡って意外なところに影響を及ぼし、思いがけない結果を招く」の意で、ローマ8:28と少し似ている。しかし、これは広辞苑によると「あてにならない期待をすることの例え」だそうだ。今日は、私たちがそのまま信じ受け入れることのできる、変わらない神の約束について話したい。

T.すべてのことは神の計画の中で起こっている

ローマ8:28の後半に「すべてのこと」とある。この中には、うれしいこと、楽しいことも含まれるが、人が経験する様々な悲しみや苦しみ、痛みも含まれる。しかし、神はこれら1つ1つを無駄になさらず、そこから良いものを引き出して下さる。1つ1つの経験は辛いことでしかなかったとしても、長期的な視点で見るなら、そこから良いものが生み出されるのだ。

【例】創世記のヨセフほど、理不尽な扱いを受けた人物はいない。しかし、神は彼の人生から良いものを引き出された!

【適用】すべてのことは、神の許しの中で起こっており、神は人の想像を超えた計画を持っておられる。神は雀1羽にさえ、心を砕いておられる方だ。ましてや、あなたをどれほどに愛しておられるだろうか。神の計画を信じよう!

U.すべてのことは互いに関わり合っている

ローマ8:28は誤って理解されることが多い。「神は私の願い通りのことをしてくれる」とか「良いことばかりが起こるようになる」と解釈するのは間違いだ。「働かせて」という言葉に注目しよう。人生から苦しみがなくなることはない。しかし、苦しみの1つ1つは互いに関わり合いを持ち、歯車のように連動する。それらは、やがてもたらされる祝福の伏線となるのだ。

【証】私はヨセフと同様に大家族で育った。それが原因で貧困、いじめ、孤独を経験することになった。これらは大変辛く、神を知らない子達の方がよほど幸せだと思えた。しかし、私は聖書を通して、神が私に計画を持っておられると知った。ヘブル12:6「主はその愛する者を懲らしめる」とある。12:7には「神はあなたがたを子として扱っておられる」ともある。つまり、過去の様々な苦しみは「神が私を愛するが故の愛の鞭」だと知ったのだ!神が私を「我が子」と呼び、ご自分の子として特別に扱っておられると分かったのだ!貧困、いじめ、孤独はどれも辛い体験だったが、これらは私を神へと向かわせた。これらが私を、福音を伝える働きへと導いてくれた。これらのすべては、私にとって益と変えられたのだ!

【例】ケーキの材料1つ1つは決して美味ではないが、それら1つ1つが混ぜ合わされ、焼かれると美味しいケーキになる

【適用】あなたが受ける苦しみの1つ1つも、互いに関わり合いを持っている。それらすべては、最終的にあなたにとって益となる。神があなたを特別に見込んでおられ、あなたを深く愛して下さっていることを知ろう!

V.この約束は誰に与えられているのか

ローマ8:28は、誰にでも与えられている権利なのだろうか。前半部分を読むと、「神を愛する人々」とある。別の角度から言い換えるなら、「神のご計画に従って召された人々」となるが、要するに、主イエスを救い主と信じて受け入れた人々、この方を与えて下さった「神を愛する人々」に与えられた約束だ。このことを知っていただきたい。

【適用】求道中の方々は、心を開いて、イエス様を受け入れてほしい。この素晴らしい約束を自分のものとしてほしい。

救われた方々は、どんな苦しみの中にあってもこの約束を信じてほしい。様々な痛みや重荷、悩みを主に委ねよう。

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2016年05月22日

2016年5月22日主日礼拝

「神は愛である」Tヨハネ4章9、10節を聴く。




Tヨハネ4:9?10       「神は愛である」

【序】クリスチャンになる前の私にとって「神」は神社の向こうに置かれているだけで人格的には関係がなかった。やがて教会で真の神は人間が作ったりどこかに置いたりする存在ではなく命の創造者であり神は愛である(8)事を知った。この理解が私を大きく変えて生きる喜びをもたらした。今日はキリスト教の中心についてお伝えしたい。

T.愛とは何か

先ず愛という言葉の定義をしておこう。一般的には、愛とは「好き」になる事だと考えられている。例:あの人を愛している=あの人が好きだ。しかし聖書が語る愛は好きという恋愛を意味しない。聖書的に言えば恋愛はエロスというギリシャ語が使われ、聖書の言う愛はアガペという言葉で、元々違う言葉だ。そのアガペの愛を日本語的にしかも日常的に訳し代えると→「大切にする」が最も相応しい定義だろう。

「あの人に愛されている」というのは「あの人に大切にされている」であり、「神はあなたを愛している」は「神はあなたを大切にされている」という事だ。この「大切にされる」という愛は実に大事で、私達はよく「元気が出る、出ない」と表現するが、あなたがたその環境で大切にされている時、あなたに元気が出てくるのであり、あなたがその環境で大切にされていない時、元気が出てこなくなるのである。故に「大切にして下さる」存在を発見するというのは極めて幸せな事だ。

U.人の愛と神の愛の違い

愛の定義を「大切にする」事だと語ると、私達も「人を大切にしている」と主張する方もいる。しかしやはり違うのだ。神の「大切」と人の「大切」は異なる。神の「大切」の特徴は→「無条件」しかし人が「大切にする」と言うのは件付きである。

例1:会社で社員を大切にする=能力を持っているあなたが大切の意味。能力なくなればお払い箱

例2:子供同士がケンカして母親が仲裁に入る。「二人ともやめなさい」と中立な言い方をするが、強い右手でわが子を抱くようにして相手に左手を向けて「辞めなさい」。明らかに右手に力が入っている…親の愛は海よりも深いと言うが、それはの子、我が子に限る。条件付きなのだ。

例3:エリートの銀行マンと教養ある女性に一人息子がいたがひきこもりになった。母親は毎日「自分はこれじゃ買い物にも恥ずかしくて行けない」と泣いた。しかしある時教会に行き、自分の姿に唖然とした。「自分は皆にどう思われるか恥ずかしい、と子供の心配よりも世間体しか気にしない身勝手な姿!」

しかし神の愛は無条件なのだ。あなたに学歴があろうとなかろうと、過去に暗い罪と弱さやハンディがあろうと、神は無条件であなたを大切にされるのだ。

V.神があなたを大切にされている印

「神はそのひとり子を世に遣わし…なだめの供え物としての御子を遣わされました」(9.10)

神はあなたを大切に思う事を形で表された。その愛はキリストの十字架の中に示されている。ご自分の命を捨てるほどあなたの事を大切にしてくださった。

「なだめの供え物」とはあなたが受けるべき死後の裁きを身代りに十字架にかかり救いを成し遂げて下さったとの意味である、罪の赦しも永遠の命も人生の祝福も!

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2016年05月15日

2016年5月15日主日礼拝

「ノアの箱舟」創世記7章1ー16節を聴く。


創世記7:1?16       「ノアの箱舟」

【序】現在の天皇の叔父に当たる三笠宮さんは聖書考古学に造詣が深く、発掘調査もし、ノアの洪水の事実性をその著『古代オリエント史と私』で語っておられるが、その実際のところが今日の聖書にある。ノアは乱れた人間社会を神が裁かざるを得ないという苦渋の決断をされた壮絶な時代を経験した。今日は「ノアの箱舟」が語ることについて今日の私たちにも照らしてメッセージをしたい。

T.誰にも神の裁きがある

神が愛をもって造られた人間が「親の心子知らず」で、愛を踏みにじる姿に成り果てた→6:5,11,12。人間の体でも腐っていく部分を外科的に取り除くしか命は助からないという事があるが、正に人類の絶望的堕落の世界だった。それ故に40日の大雨をもって人間を裁き、再創造をするという苦渋の決断をされた!→6:6,7 今の世界を思うに神に裁いてもらわないといけないという面がある。国際紛争にしてもテロにしても、また社会の悪質な犯罪など。しかしこれは他人ごとではない。なぜなら聖書に「人は一度死ぬことと死後に裁きがある事が定まっている」(へブル9:27)とあるからだ。私たちも自分を正直に顧みるなら、言葉において行いにおいてまた思いにおいて罪をもっているのではないか。そしそれを思う時、胸を張れない自分の姿を知るのであるが、神はノアの時代にも箱舟をもって救いの中に入るように招かれたように、今日もキリストの十字架を通して罪からの救いの道を示しておられる。何とかして一人でも悔い改めて救われてほしいと言う神の御思いである。

【適用】あなたも愛する者が裁きに服さないように神の愛を何とかして伝えようではないか。私もそんな思いで40年間金剛駅で毎週語ってきた。

U.人の務めには神の備えがある

7:2,3で神は清い動物(供え物と食に相応しいの意味)7つがい、清くない動物一つがいを箱舟に入れよ」と命じられた。その中には人間より強いライオンもいれば、象もいる。更には捕まえられない鳥たちもいる、どうやって箱舟に入れることができるか、この務めは不安であっただろう。しかし不安は消えた「神が命じられると動物の方から入って来たのだ」(9節)。正に案ずるより産むがやすし、である。

【適用】あなたにも「こんなこと大丈夫だろうか」と不安に思う事があるだろうが→マタイ6:8「神はあなたがたが求める前から必要を知っておられる」

【証】ゼロからの開拓伝道で生活の支えをどうするかは一つの不安材料であった。しかしこれも不思議な方法で支えが与えられた。知ったことは神は私たちの必要を知っていて下さるという事だ。

V.神は罪の中にも恵みが計画されている

洪水という裁きは真に厳しいものであったが、厳しさばかりではなかった。植物や動物の埋没、堆積から今の人類の生活に不可欠な石炭や石油が発生し(ケロジェン起源説)今日の欠かせないエネルギーで人類が生き延びていることを思えば、神の憐れみと計画の深さに驚くばかり!「罪の増し加わる処には恵みも満ち溢れました」(ローマ5:20)

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