2017年01月23日

2017年1月22日礼拝メッセージ 「心の安らぎ」 ヨハネ14:27

音声で聴く。

ヨハネ14:27  心の安ぎ」 17.1.15

【序】今日はウエルカムサンデー礼拝でもあり先ず求道者にも家族や友人に救いを願っている方々にも「なかなかキリスト教の信仰に踏み切れない」という疑問に答えておきたい。


T.信仰に踏み切れない理由

1.キリスト教は外国宗教と偏見「日本には仏教という宗教があるから外国の宗教は要らないと日本古来を強調するが着ている服は日本古来の和服でなく洋服!?それに仏教もまた輸入宗教である(6C半ば)。そんな理由にならない事で永遠の命を失うのは大きな損失。

家族の関係で宗旨替えできないー宗旨替えを考えるよりも、先ず心にキリストを信じる事。それに死んで全てを知った先祖は家族の救いを願っているだろう(ルカ16:28参照)

良い話だけで信じて救われる必要はないしかし神はあなたの創造者である我が子が成績優秀、品行方正でも親と口を利かないなら最大の不幸。あなたの創造者である神と関係を持つのは根本的な必要ではないか


U信仰に至る幸いは何か

最大の恵みは勿論死後の裁きから解放され永遠のを得る事であるが、キリストは最後の晩餐で、これから生きていく上で無くてはならないとても大切なものを与えると言われた―それが「心の安らぎ」(27)である。この「心の安らぎ」はスポーツの世界であれ、職場、家庭、人生あらゆる分野で必要なものである。高田明和氏(浜松医科大教授、日本血液学会評議員)によれば「心の安らぎは血圧を下げるよりも寿命をも伸ばす」と語っている。(『病は気からの科学』)

1.この世の安らぎ

するとある人は、安らぎは神様から言われなくても私たちにもあるという方が

いるルカ12:19,20「これから先何年分も一杯ものが貯められた。さあ安心して…楽しめ」

世が提供する「安らぎ」は物事がうまく行くという条件のもとでしか得られないものなので不安定であり、特に死に対しては木端微塵になってしまうものである。故にこの世の安らぎだけで生きているのは実に心細いことなのである。それキリストは、「世が与えるのとは違う」安らぎを与えると言われたのだ。

2.神が下さる安らぎ

弟子達はキリスト「心騒がしてはなりません」(14:1)と言われた程「不安」に押しつぶされていた。そのとき言われたのが14:27のわたしはあなたがたにわたしの平安を与えます。それは世が与えるのとは違います」という神にある安らぎである。つまり心騒ぐ時、様々問題や病や人間関係の中でこそ体験する特別性の安らぎである。

【西尾姉の証-5/29、78才召天】余命1か月という胆管癌でこう尋ねた「神様に従ってこられ重い病を体験され辛いでしょう」西尾姉「今まで私は神様の尊い救いを戴き永遠のまで頂きました。これ以上の恵はありません。神から頂いたものは良きものでも重い病でも与えられたらそれを私が負う十字架と思って受け止めています。又本当に感謝しています」と平安なお顔で語られた。

【結び】あなたもキリストを受け入れその安らぎを得る人生を始められませんか?

posted by kbcc at 10:03| 礼拝