2017年02月05日

2017年2月5日礼拝メッセージ「譲るものは譲られる」音声で聴く。

創世記26:12−28「譲るは譲られる」   17/2.5

【序】今日は「譲る」という事について考えたい三浦綾子さんの御主人は光世さんと言うが、とても物を大切にする人らしい。愛用の背広も箪笥にしまう前に必ずブラシを丁寧に掛けて直す人だが、あるとき泥棒に入られて愛用の背広を盗まれてしまった。綾子さんは光世さんがどんなに落胆し腹立てるかと思恐る恐る告げると「そうだったのか仕方がない。私より必要のある人なんだろう」と意に介さず綾子さんは夫ながらに感心してしまったらしいたちは物でも事柄でも損得が絡んでいると中々譲れないが、今日出てくる人物は見事に譲ったイサクという人である。と同時に聖書が語る事は、譲る人は最終的に神にも人にも祝福を受ける事がわかる。損をしているようで結局大きな得をしているのだ世知辛いこの世で学びたい人物である。


T.イサクが直面した事件

イサク畑豊作回りに妬みを抱かせた(12-14)。成功も良いことばかりではない。人に妬みを買う事もあるそれで父の時代に掘り当てた所有の井戸をふさがれて、立ち退き要求までされる(15,16)。井戸は今で言えば油田の一つを掘り当てるに等しいもの。しかもその井戸は父アブラハム譲りの所有の井戸で、ふさがれることも立ち退き要求も契約違反(21:29-32)。しかしイサクは、文句も言わず身を引く(17)。すると棄てたものではない。又井戸を掘り当てる(19)しかし又奪い取られる(20)しかしまたまた井戸を掘り当てる(21)。そして今までの争いが嘘のような「広いところに」導かれた(22)神が守っておられるとしか言いようのない祝福!


U.イサクから学ぶ生き方:

1. 人と絶対争わないという生き方の祝福

井戸は高価な物。しかしそれを獲得、保持するために絶えず身辺に争いストレスを抱く生き方よりも、井戸は必要なら神はまた与えて下さる。それよりも争いは絶対しない。「負けるが勝ち」「負けて勝つ」というか、無礼者に善をもって恥を知らしめる生き方なのだ。

【証】米国のホームステイ先で感心した争わない元FBIの御主人の生き方…

 →「自分に関する限り全ての人と平和を保ちなさい」(ローマ12:18)


2. 人に譲る者は神から譲られる(22)

最終的に新たに「井戸」を掘り当て、争いはない。しかも「広い所を与えて、増えるようにして下さった」彼は父の甥ロトとの土地選びの話を聞いていただろう。恩知らずで欲深いロトが最後にはどうなったか、また優先権を譲った父が最後にはどう祝福されたかを。→ルカ6:38


3. 争わずして和解を得る祝福(26−28)

強欲なアビメレクの方から和解を申し出てきた。それと共にイサクの生き方に神の祝福を認める高い評価まで付いた!

→箴言16:7「主が人の行いを喜ぶとき、その敵とも和らがせる」

posted by kbcc at 22:00| 礼拝