2017年02月12日

2017年2月12日礼拝メッセージ「妬み心の解決」創世記27章1-25節音声で聴く。

創世記27:1−2  妬み心の解決     

【序】妬みを抱いたことがない人はいないだろう。妬みというのは予期しない時にふつふつ湧き出てしまうものだ。自分と同レベルだと思っていた友人が先んじて成功を修めたり、友人が自分より皆にもてはやされたり、大好きな人が自分以外の人を重んじたりすると、めらめらと妬みの炎が燃え始め、とんでもないをやり出すものだ。しかし、この妬み心で悩まされる私達に聖書は解決の道も示している。神の御心に聞こう


T.どんな事件が起こったか

父イサクは年をとり、今の内に双子の長男エサウに遺産相続をしておきたいと考え、エサウに猟を頼み肉料理を作ってもらい、それで祝福(遺産相続)をしようと打ち明ける。それを聞いていたイサクの妻リベカは、兄よりも弟息子ヤコブに家督を継がせたいと思い、毛深い人であったエサウの晴れ着を着させ、毛皮をヤコブの手と首に付けて父の前に出なさい、と勧める。そこでヤコブはエサウになりすまして父から遺産相続の祝福を奪い取る。手の込んだ偽装工作をする


U.この偽装工作の根にあるものは何か

父が兄に「お前の手から肉料理をもらいたい。祝福するから」という父の言葉を聞いたときからヤコブの心にムラムラと邪悪な感情が出てきた。自分には声をかけてもらえないという僻みと、競争心から出た妬みである!妬みとは近なものが自分より恵まれ、愛され、特別扱いを受けているが許せない心の事である。

「妬み」=ゼロス(ギリシャ語原語)で「熱心」の意。自分の嫉妬心を知りたければ、自分が一番熱心になる世界が分かれば、その熱心な世界で自分より愛され人気者に嫉妬がでる。だから「熱心」が神に向かえばいいのであるが、他人に向くときに出るのが「妬み」である。

V.どのようにして妬みを解決する事ができるか

結論から言うと神の愛に立ち帰る事ヤコブは父からの自分の祝福がなくなってしまうように感じているが、それは誤解である。→25:23には、双子の兄弟が生まれた時、神は二人の運命を語られた。「兄が弟に仕え、弟の方が強くなる」と。この神の言葉を信じるなら、手の込んだ偽装工作などをしなくても時が来れば必ず祝福は与えられる筈なのだ結局、妬みは神の愛と神の言葉に信頼せず、自分の力だけ祝福を勝ち取ろうとすることから生まれるのである

しかし改めて考えるに、人から特別扱いを受けようと必死にもがかなくても、私たちは既にある最高のお方から「特別扱い」を受けているのだ

「知れ、主はご自分の聖徒を特別に扱われる」(詩篇4:3)

Q「自分は特別に扱われている意識がない」と嘆く人よ。→ヨハネ15:16にキリストが「あなたがたがわたしを選んだのではない、わたしがあなたがたを選んだ」とある。あなたが教会に来ている事実の中に、そしてあなたがキリストを救い主と信じた事実の中に。あなたが神に特別に打扱われている事実があるのだ感謝しよう!

posted by kbcc at 23:54| 礼拝