2017年05月29日

2017年5月28日礼拝メッセージ「虚しさからの回復」ルカ19:1-10 音声で聴く。

ルカ19:1−10        「虚しさからの回復」          17.5.28

【序】TV番組に「なんでも鑑定団」がある。「お宝」を鑑定士から評価されるのだが、10万円で買った器が千万円と言われ

大喜び、逆に百万円で買ったが偽物で5千円、聴衆の笑いを誘う→結局価値は誰が作者かが決定的!今日出てくる人は自分

の価値を間違ったもので得ようと頑張った人である。しかし真に価値づけをして下さる方に出会い虚しさから回復する。

T.ザアカイが目指したもの

ザアカイ=「清い」の意味。しかし彼は「清さ」だけでは生きれないと目をつぶり、掴ん   

ではいけない金も掴み、乗ってはいけない話にも乗り、人の涙も無視して出世街道を走った。「取税人のかしらで金持ち」(2)―地位と富を得、目指していた成功者になった。それが自分を価値づけて満足できる人生と思っていた筈だが、そうではなかった。

U.成功者になったのに生じた三つの虚しさ

@思ったほど満足感なし

満足していたら、彼の生き方とは真逆なキリストに会ってみたいと思う事はなかった筈。 

  【例証】人間的に極みまで行った成功者に見られる不思議な虚しさ?!

○日本で最初のノーベル受賞者湯川秀樹 受賞の翌年エッセー『旅人』

私の関心は物理学ではありません、人間がどう生きるのか、命の問題です」

○豊臣秀吉の辞世の句「露と起き露と消えぬる我が身かな浪速の事は夢のまた夢…」 不思議!

※なぜ富や地位で自分を価値づけることができないのか?→「神は人の心に永遠を与えられた」(3:11)つまり神に造られた人間はその心に永遠なる神を受け入れて初めて満足できるのに、この世の一時的なものでは満足できない様に造られている。ザアカイは地位や富に囲まれてもこの虚しさを体験したのだ。

  A愛されない孤独

  「罪人」(7)→名を呼んでもらえない!人は仕事上自分の所に来るが愛されない寂しさ!川柳「退職金もらった瞬間妻ドローン」「パパお風呂入れじゃなくて掃除しろ」「愛犬も家族の番付知っている」「沸きました妻より優しい風呂の声」「職場でも家でも俺はペコ太郎」 現実は厳しく寂しい!

   【適用】孤独というのは内気とか友達付き合いが下手だからという理由で孤独なのではない。人は最後      

まで頼りになる友を持っていないという理由で全ての人が孤独なのだ。両親も友人もお金も地位も最後まで頼りにならない。ザアカイは人間として堪らない孤独を感じた。

  B罪を自覚し始めた

    「私がだまし取ったものは…」(8) これは素晴らしい自覚なのだ。罪を犯したことは悪だが、その自覚があるかないかが大切だ。

【例】教会学校教師が生徒に尋ねた「キミは死んだら天国に行けるかな?地獄かな?」生徒「良い事をした人は天国に行け、悪い事をした人は地獄と思います。僕は良い事も悪い事も両方したので中国に行きます!(座布団上げたい位)

しかし良い行いの人が天国に行き悪い行いの人は地獄に行くのではない。聖書の罪とは

関係概念である。つまり神に造られた人間が神との関係を持たない事が根本の罪!

(:子が親を無視して口を利かないなら最大不幸)ザアカイにこの自覚が生まれ悔い改めたのだ。

V.虚しさからの回復

  上記の三つの虚しさを払拭する方に出会った→キリスト!

キリストは彼が会う以前に彼の名と心を知っておられ(5)、彼の罪も知っておられたが見下す事なく却って彼の名を呼び、彼の家に入り、ザアカイをあるがままで受け入れて下さった→生きる喜び!

  【結び】一つだけ問題!→あなたはザアカイのように距離を置いて高い所からキリストを見てないか?「急いで降りてきなさい」人は変わり得る!


posted by kbcc at 12:43| 礼拝

2017年05月22日

2017年5月21日礼拝メッセージ「今に分かる」創世記37:2-28 音声で聴く。

創世記37:2−28        「今に分かる」          17/5/21

【序】「雨にも負けず風にも負けず…」の詩人宮沢賢治は7年に一度起こってくる躁鬱病に悩まされた。石ころが命のある様に見えたり、草花が喜んだり…考えられない世界に入ってしまう事があった。しかしゴダイゴの歌にもなった有名な『銀河鉄道』はその頃の作…私達は病も試練もマイナスの意味しかないと思ってしまうが、神には人がマイナスと思う事もプラスの祝福計画があるのがわかる。今日から始まるヨセフの生涯の中にそれを見たい。


T.ヨセフの複雑な家庭環境

ヨセフが育った家庭環境は極めて複雑。父ヤコブには叔父から騙されて結婚した二人の妻がいて各々子供がおり、又妻達のはしためとの間にも子供がおり、4人の母親が違う12人の息子がいた。ヨセフはヤコブの最愛の妻ラケルによって初めて得た子供。ラケルはもう一人の息子ベニヤミンを生んだ後、難産で死亡。ヨセフは母親のいない複雑な家庭で腹違いの兄達との確執の緊張関係の中で育つ。いわば劣悪環境。


U.ヨセフ家庭の問題

1.ヨセフの告げ口―兄達の「悪い噂」を父に告げた()→これは兄達が悪い事をしている訳だからそれ自体良くないのだが、兄弟愛から考えると父に言う前に兄達に言う必要があっただろう。

2.父の偏愛―「誰よりも愛していた…袖付きの長服」(3)

ヨセフには母親がいないので不憫に思っての事は分かるが、親としては配慮が足りない。そのために他の兄弟から反感を買ったのは当然の事―。

3.兄弟との確執と虐待(5-10―兄達が自分に頭を下げる夢は兄達には不快な事。この夢は神の啓示ではあったが、内容から考えて直接兄に語る事は控えるべき。これが兄達からの敵意を増幅させた。その為に関係断絶は決定的になり、ヨセフは兄達から虐待を受け、エジプトに売り飛ばされる悲劇を見る事となる。


V.神の不思議な祝福計画―今に分かる

ヨセフ家庭には様々な問題があった。だからこそヨセフはエジプトに売られてしまったと言える。しかし覚えておきたい事は、その後エジプトに売り飛ばされたヨセフが不思議な導きでエジプトの大臣となり、やがて全土に及ぶ7年の大飢饉も彼の並はずれた知恵によって家族は餓死から守られる事になる。家のごたごたでヨセフはエジプトに売り飛ばされたが、そのおかげで家族の命が最終的に守られたと言える。悪でさえ神の幸いに繋がっていった!

【適用】あなたの置かれた環境は理想環境でなく落ち込むことがあるかもしれない。問題が無くなればよいと思うだろう。しかし問題が無くなれば生きた信仰も乏しくなるのだ。だから惨めな現実を嘆くのを止め、そこに置かれた神の御心を信じよう。→「父は…心に留めた」(11) あなたの環境は偶然ではなく、神があなたを今の環境に置かれた。その意味が解らなくても、今に分かる時が来る。「失望したければ周りを見なさい、しかし希望を抱きたければ上を見上げなさい」 ヨハネ13:7

posted by kbcc at 19:41| 礼拝

2017年05月16日

2017年5月14日礼拝メッセージ「微笑みながら後の日を待つ人」箴言31:25 音声で聴く。

箴言31:25       「微笑みながら後の日を待つ人」       17.5.14

【序】日本には母の歌が沢山ある→「母さんが夜なべをして手袋編んでくれた」「雨々降れ々母さんが蛇の目でお迎え嬉しいな」感謝される歌が多い。父の歌となると少ない。やっと一つ「父よ、あなたは強かった」(思い出されるのは死んでから?!)日本の母の歌は「優しい母」が理想。しかしそれ以上に素晴らしい姿があると聖書は示す。

と同時に今日の箇所が教える生き方はお母さんだけではない全ての人に語られるメッセージを含んでいる


T.究極のあるべき人間像

箴言31章は直接には素晴らしいお母さんの姿が語られている。前半は賢い生活術について書き表すが、それ以上に素晴らしい生き方が後半にある。それは何か?

「彼女は…微笑みながら後の日を待つ」(25何事にも思い煩わない平安な生き方、これが聖書の理想とする究極の母親像。如何に賢い母であっても、やりくり上手でも、美人の母であっても、ガミガミ、イライラ母さんでは本人も嫌だし家庭にも悪影響。もし家庭で最も影響を与える母が「微笑みながら後の日を待つ人」になれたら、本人も家族への影響は計り知れない。しかし改めて考えると、母ばかりではない。父親も「将来は大丈夫!」と言い、青年も友人に「心配しないで」と心から言えるなら素晴らしい。故にこの31:25の微笑みながら後の日を待てる姿は究極の人間像!

U.究極の健康法

31:25は究極の健康法を教える御言葉だ。

・ある医者がこの御言葉と共に箴言17:22「陽気な心は健康を良くする」を読んで言った「驚いた!現代医学がやっと辿り着いた究極の健康法が3千年前に聖書に書かれていたとは!」

ノーマン・カズンズ(米国南加大医学部教授)は著『笑いと治癒力』で「よく笑う事」が重い病気の治癒に大きな効果がある事を強調する。教授自身も回復可能性五百分の一という膠原病を患ったが「よく笑う事」によって奇跡的に癒された。「病気は笑い事ではないが笑い事であるべきだ。笑っている場合でない時こそ笑うべきなのだ!」→しかし問題はどうして微笑む事が可能か?

V.究極の信頼

多くの人は「微笑みながら後の日を待つ」生き方が家庭にも人生にも健康にも良いと

認めるだろう。しかし問題はいったいどうすればそんな生き方ができるかという事だ。というのも人間には明日が分からない。苦しい事もあるかもしれないのに「後の日を微笑む」事は不可能と思うからだ。だから最後に語らねばならないのは、未来に対する究極的な信頼できる土台があるかないかという事だ。それには明日を御手に握り天地万物の創造者である神への信頼しかない。いきなり「神」というと信じ難いかもしれないが、この大自然を見て、その壮大さ、その緻密さ、その精巧さ、偶然とは考え難い。時計でさえデザイナーがいるならまして遥かに素晴らしい大自然の作者がいると考えるのは極めて自然ではないか。その神が「神は全ての事を働かせて万事を益に変える(ローマ8:28)」存在なのだ。確かに世界に悪は存在するが、神はそれさえ造り変えられる。この神への信仰は安心を与え将来を憂え微笑む事ができる。


【証】周東夏希兄が創造者である神を見出だし人生の土台と安らぎを得た証…


受洗の証

周東 夏希


本日は、皆様の前で証させていただくお時間をいただき、たいへんありがとうございます。私が受洗を希望するに至った経緯をお話しします。私という小さい存在ではありますが、その私の魂が、主の偉大な計画の一部として、いかに導かれたかを皆様とお分かちしたいと思います。

私はクリスチャンではない両親のもとに生まれました。その私が今日ここに立って、こうして受洗に臨むまでには、いくつかのステップがありました。ひとつめは、聖書との出会い。ふたつめは、妻との出会い。みっつめは、私自身の挫折をとおした神様との出会いです。


ひとつめの聖書との出会いは、私が大学生の頃のことです。私は当時、文学作品を読むのに凝り始めていました。例えばドストエフスキーやフォークナーといった海外の作家、国内においては、晩年に病床洗礼を受けた福永武彦、あるいはクリスチャンでなくても太宰治など、聖書に関係する作品を発表している作家の小説などを数多く読んでいました。そんなわけで、私も小説などを読むにあたって、聖書を勉強しなければならないと思いました。

私の高校以来の友人で、ご両親で教会をなさっている息子さんがいましたので、彼に頼んで聖書を譲っていただきました。これが私と聖書の最初の出会いでありました。すべてを読むことは無かったのですが、小説などに関係する箇所などを拾い読みするようになりました。また、人間と信仰ということについて、自分なりに真剣に考えてみたりもしました。

この時点では私自身の信仰ということを意識したことはありませんでしたが、ひとつ、このことに関係して、聖書をくれた友人のお母様のことをお話ししたいと思います。お母様は、教会で伝道師をしておられました。お母様は今から10年ほど前に、若くして天に召されたのですが、その少し前に、病床にお見舞いに伺う機会をいただきました。お母様は闘病中で苦しかった最中のことだったはずなのですが、その表情は明るく、神様への感謝を力強く私に語ってくれました。また、一人暮らしの学生だった私の身の上なども心配していただき、かえって、私が励まされるような有様でした。そこには、クリスチャンとしての本当に深い愛、希望、信仰があったのだと思います。お母様を通して表れていたキリストによる救いは、私にとってたいへん印象的なものでありました。


ふたつめは、妻との出会いです。私は今から4年ほど前、28歳の時に結婚いたしました。妻は大阪の金剛バプテスト・キリスト教会の教会員でありましたので、その教会の中西牧師という先生に司式いただき、結婚式を挙げました。その縁で、妻やその家族とともに、何度かその教会の礼拝に参加させていただき、メッセージを通して聖書のことを教えていただきました。

もっとも、当時の私の立場としては、妻の「おまけ」で付いていっている存在だったという面もあり、礼拝に出て「勉強になる」、あるいは「面白い」という程度の認識でありました。また、妻は私に受洗を勧めるようなことは、こんにちに至るまで一度もありませんでしたので、直接的に受洗を考えることはありませんでした。

しかしながら、クリスチャンの妻を持つこと、また時に教会に足を運ぶということは、私と神様との距離を近づけるきっかけとなったことは間違いありません。また、頭の片隅に、「いつかそういう気持ちになったら、受洗することもあるかもしれない」という考えが生じつつあったように思います。これは単に「妻がクリスチャンだから」、「教会に行ったから」ということではなく、そうした経験を通して、妻やその家族、中西牧師や教会員の方々が、地の塩、世の光として働き、私の心を少しずつ動かしてくれたのだと思っています。


みっつめは、私自身の挫折をとおした神様との出会いです。これまで述べてきたように、聖書、クリスチャンである妻、あるいは教会と出会っていながら、それでもなお私が受洗をほとんど考えなかったのはなぜかということからお話ししたいと思います。

私の両親は、先ほど申し上げたとおりクリスチャンではありませんでした。また、特に父は地元のお寺の住職の方と個人的に仲が良くなかったこともあり、宗教的な制度のようなものに対して懐疑的な人でもありました。私自身もそういう家庭で育ちましたので、特に何かの時に神仏に対する信仰心を感じることはありませんでした。他人が何かを信仰するのを否定する気持ちはまったくありませんでしたが、私とは縁の遠いことのように思っていました。

「神であれ仏であれ、特に信仰を持たない」ということは、かなり最近まで、私にとってごく自然なことでした。私自身は私が支える、私はひとりで立つ、という発想があったのだと思います。あるいは、たいへん罪深いことですが、「私は強い人間だ」と思っていたのです。もちろん人生において、私は大小様々な「負け」や「失敗」を経験してきましたが、何か根本的に自分への信頼感、自分自身を恃む気持ちのようなものがありました。自分の存在、自分の魂が、究極的には自己の内部や、あるいは周囲の人間との間で完結できるのだと考えておりました。そうした考えが不完全なものなのではないかと、過去に聖書や文学作品を読んでいて考えることもあったのですが、悔い改めるに至ることはありませんでした。

最近になって、そんな私は挫折を経験しました。昨年4月、私は転勤で京都から小平市にやってきました。妻と、当時2歳半の息子も引っ越すことになるのですが、保育園の問題や子育て環境のことを考えて、どうしようかと相談いたしました。妻の両親が、数年前に大阪から山梨県の清里に移り住んでいましたので、妻と息子は山梨へ、私は小平へ離れて住むことにしました。一人暮らしは学生時代に慣れていましたので、特に問題はないはずでした。

週末に私が山梨に行くか、妻と息子が東京に来るかというかたちで、定期的に会っていました。はじめのころは何も感じなかったのですが、次第に寂しさを感じるようになりました。息子が新しい言葉を覚える、初めての経験をする、という成長のひとつずつが、私の知らないところで起こっているというのは、思いのほか辛いものでした。また、職業上においても、新しい職場の人間関係、新しい仕事といったストレスがあったのかもしれません。

半年ほど経ったある週末のことです。妻と息子が東京に来ていました。3連休の最後の日の朝、私の家から3人で出かけ、夕方、妻と息子が立川駅から山梨へ向かう電車に乗るのを見送りました。その時も寂しかったのですが、ぐっとこらえました。寂しさを紛らわせたくて、外で一人でお酒を飲んでから、夜、家に帰りました。すると、家のテーブルの上に、片付け忘れた3つのコップが置いてありました。私と妻の揃いのコップに、息子の小さなコップです。それは、私たち家族の抜け殻に見えました。束の間の団欒ののち、いまひとりぼっちになったという現実を突きつけられた気がしました。半年間こらえていた寂しさが、その時一斉に噴出してしまって、私は一人で声をあげて泣きました。

それからというもの、私は妻と息子に会って別れるたびに、いつも涙が出て、胸が空っぽになるような感じを抱くようになりました。そして、ひどい不安に襲われるようにもなりました。例えば「今日、妻と息子に会えないまま私は急に倒れて死んでしまうかもしれない」といった思いです。そうなると、しばらくその思いは去らず、ひどい時には胸がどきどきしたり、手が震えたり、顔が紅くなってしまったりしました。不安からの解放を求めて、「これは根拠のない不安なのだ」と自分に言い聞かせたり、気分転換に散歩をしてみたり、あるいはお酒を飲みに行ってみたりしました。しかし解決するどころか、不安はひどくなるばかりです。そんなことがしばらく続いて、私はもはや、私ひとりで立つことのできる存在ではないと気づきました。私は、私ひとりによっては弱い人間だったのです。

そして、「今日、私が死んでしまったら」という不安は、究極的な意味での生きる目的を持たない私にとって、たいへん辛いものでした。私は、例えば「おいしいものを食べる」といったことに小さな喜びを求めるだけの人生を送っている一方で、クリスチャンである妻は、神という支え、望みをもって生きています。私が死んでしまえば、私は妻と永遠に離れてしまいます。

そこで私は、聖書に答えがあるのではないかと考えました。私は金剛教会の中西牧師のメッセージ動画を、インターネットで探しました。すると、「悩むことはない」と題したメッセージで、次のみことばを紹介しておられました。


苦難の日にはわたしを呼び求めよ。わたしはあなたを助け出そう。あなたはわたしをあがめよう。(詩篇5015節)


自身では解決できない悩みに直面したとき、その答えを知る神に従えばよいのだというこのみことばに出会い、私は少し不安が軽くなったように感じました。

これをきっかけに、私は新しい気持ちで聖書の他の箇所を開き、そこには人の悩み、不安に関するみことばがたくさんあることを知りました。とりわけ、力を与えてくれたのは、イエス様が語ってくださった、マタイ6章26節からの「空の鳥を見なさい。」で始まるみことばです。「あなたがたのうちだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。」「あすは炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこれほどに装ってくださるのだから、ましてあなたがたに、よくしてくださらないわけがありましょうか。」というみことばにより、神様が私たちを大切に思ってくださっていることを知りました。さらには、神様は、そのひとりごをお与えになったほどに私たちを愛してくださっているということの意味を、私は初めて分かり始めたのです。

私は妻とともに国分寺バプテスト教会を訪れ、礼拝に参加いたしました。何度か礼拝に参加したのち、こうした私の悩み、不安を米内先生に語ったところ、親身になって聞いていただき、私のために祈ってくださいました。たいへんありがたいことと存じます。

私は、これまでに、地の塩、世の光であるクリスチャンの皆様と出会い、また、挫折をとおして神を受け入れることができるようになりました。その偉大な計画によって私を導いてくださったことを、神様に深く感謝しています。私ひとりとしては弱くとも、イエス・キリストとともに歩むとき、私たちは支えられ、力強くなれるのだと思います。これから、クリスチャンとして、イエス・キリストとともに歩む者として、生きていきたいと思います。


以上のいきさつを、この地上において隣で見てくれていた妻が、私に示してくれたみことばを最後に挙げたく存じます。


苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。(詩篇11971節)


posted by kbcc at 22:40| 礼拝