2017年07月30日

2017年7月30日礼拝メッセージ「過去は変える事ができる」創世記50:15−21音声で聴く。

https://www.youtube.com/watch?v=s7GY6Go0VaE

創世記50:15−21 「過去変える事ができる

【序】誰でも過去に何らかの傷があり時にトラウマになりあれさえなければもっと幸せなのにと思う事があ

しかし今日のような主題を付けると多くの方は「過ぎ去った過去を変えるなんて不可能ではないか?」と言われ

でも聖書の福音はそれを可能にし、ある過去も未来に希望をもって生きるように導く。それをお伝えしたい。

T.過去を変えるものは何か

確かに過ぎ去った時間は取り戻せないのだから、過去の出来事変えるなんて出来ない。しかし一つだけ過去を変える道がある。それは過去にあった出来事の意味が変えられるというだ。ヨセフが兄達に語った言葉「あなたがたは私に悪を計りましたが…神は良い事の計らいとされました」(50:20)にそれが見られる。兄達から酷い虐待を受けエジプトに奴隷として売られたヨセフであったが、その悲劇の結果エジプト大臣として大活躍機会を得た虐待された「良い事の計らい」であったと意味変えられている。これこそ傷ある過去からの解放である。

神を信じる世界は特殊な世界ではなく、暗い過去さえ変える解放をもたらすのだ。

【証】曽野綾子の著『人は最後の日でさえやり直すことができる』の中で:

「おもしろいことに、信仰を持つようになると、失敗した人生というものはなくなるのである。それは何をしても失敗しないということではない。ある人間の生き方が、常に神の存在と結ばれていれば、仮に些かの、或いはかなり大きい挫折はあっても、どのような人生にも意味を見いだすことができる。…これはいかなる政治家、心理学者、劇作家にもなしえない逆転劇であり、解放である」

U.過去の原因追求をやめよう

人生の災いや病またトラウマになるような過去の経験や出来事の原因として「あの人」「この出来事」と思い易いがそれでは恨みとストレスしか出てこない。しかし、悪と災いでさえ「良いことの計らい」とされる神がおられるのである!

【証】盲目のテノール歌手、新垣勉氏の証…ラテン系米兵と日本人の母の間に生まれたが、生後間もなく看護師のミスで家畜の点眼薬を目に投与され失明。更に1歳の時両親が離婚。父は帰国。母は再婚。母方の祖母に預けられたが祖母もやがて死去。高校生時自殺も試みた。親を恨む日々。そんな折ラジオから流れてきた讃美歌に惹かれ教会に行く。牧師は彼の話を涙を流しながら聞き彼に神の愛を伝え彼も神を受け入れる。すると不思議な出会いに導かれる。大学在学中世界的ボイストレーナーのバランドーニ師に出会い言われた「あなたの声は日本人離れしたラテン的な明るい声だ。人に勇気を与える。に感謝すべきだよ」憎しみが消えた瞬間

V.過去の傷を祝福に変えるために必要なこと

1.人生の悲劇も又祝福への伏線である事を知ること

 人には明日が見えないので悲劇の只中では祝福が見えないが聖書から分かる。

2.自分を価値づけ悲劇の人生をも祝福に変える神を知ること

新垣さんの場合ボイストレーナーの存在は不可欠だ。でも自分にはそんな人はいないと嘆く方もおられるだろう。しかしここにヨセフも経験しまた誰でも、悲劇を作り変え、自分を価値づけてくれるお方がいてこう言われる→「先のことどもを考えるな…見よ、わたしは新しい事をする」(イザヤ43:18,19)

聖書を知らなくて元々の人生であったとしたら、もし聖書を知って揺るぎない祝福の人生を知れたら財産を得たようなものではないか

posted by kbcc at 16:36| 礼拝

2017年07月23日

2017年7月23日礼拝メッセージ「全てを益に変えてくださる神」ローマ8:28音声で聴く。

ローマ8:28全てを益に変えてくださる神  

【序】将来に不安を感じている人は多い。又自分の人生を振り返「あれさえなければ良かったのに、失敗だった」と過去のトラウマに嘆くも多い。今日はそういう方への励ましのメッセージ!その根拠「神が全ての事を働かせて益として下さる」(ローマ8:28)という聖書の言葉である全ての事」の中には嬉しい事だけでなく悲・苦しい事有り。それらを働かせて益にしてくださる神がおられるからだ。今日は三つの課題についてその恵みを語りたい。


T未来に関する事―神は絶望の人生希望の未来に変えられる

全く自分の未来に希望を持てないどころか絶望しかなかった女性の証をしたい。

この女性の話は「20世紀最大の奇跡」して語り続けられている。

彼女の父親はアルコール依存症が入ると人が変わったに母親を殴る蹴る。母親は暴力に耐えられず衰弱死。母親が発見された時、両手に3歳の弟と少女であった彼女の手が握られていた。弟は栄養失調で死亡。少女一人が残されたが、父親は見捨てた。身寄りのなかった彼女は孤児院に入居。人へ不信感から口を利か、統合失調症にも罹った。全く絶望の世界。何年も闇の世界であったが、ある、教会から訪問団があり初めてキリストの話を。神の子として多くの人を愛し時に癒す。彼女の心を動かしたのは十字架の祈りだった「父よ彼らを赦し給へ」彼女は思った「なんと崇高な祈りだろう、自分は罪を犯したことがないのに…。それに比べ私の心は恨みで一杯、少しも心が変わらない。この方こそ神の子に違いない」そしてキリストを救い主と受け入れた。憎しみに変え祈りが生まれ聖書に聞く人生が始まった。20歳で孤児院を卒業する、祈りを捧げた「神様、私より悲惨な人生を歩んでいる者のために私をお使いください」やがて導かれた家庭に三重苦の少女ヘレンケラーがいた孤児院で育った彼女こそサリバン先生…。改めて思うのは彼女が経験した絶望がなければどうしてヘレンケラーの絶望を理解し助けることができるだろうか。神は絶望の現実を変えて未来に希望人生に与えられるのだ。


U.過去に関する事―神は過去の傷を癒す

    誰にも過去に何らかの傷がある。人の言葉、態度に傷を受けたり与えてしまったり

しかしここに素晴らしい神がおられる神は過去を変えることができるという事だ。

故水上恵美子姉の義母を受け入れられずプレゼントのランドセルを放り投げ、義母が亡くなられ夢に現れ悩んだ私は伝えた「その人が死んだ後ではその存在の創造者である神に祈るしか赦しの道はない。そして赦される」神は過去の傷を癒し帳消しに変えられるTヨハネ1:9


Vいのちに関する事―神は真の健康を与え死に勝つ永遠の命の下さる

  健康の不安は強烈。健康とは何か?WHOの定義「健康とは単虚弱でないというだけではなく身体的:、精神的、社会的、そして霊的に完全に良好な状態」こんな人いる?→「健康とは自分が立てた目標を遂行できること」(米山公啓「健康という病」)

そして更に聖書の福音によれば死に打ち勝つ永遠の命が与えられるのだ→

これこそ命の根本的解決ではないか→ヨハネ6:39,40! キリストを受け入れませんか?

posted by kbcc at 20:39| 礼拝

2017年07月16日

2017年7月16日礼拝メッセージ「不安を取り除く神」創世記46:27−34音声で聴く。

https://youtu.be/yLdserArJyQ

創世記46:2−34  「不安を取り除く神」     

【序】ある人が「風邪ひきと不安は誰罹る」と言ったが、確かに不安は子供から大人まで死ぬまで悩まされるものだ今日は「不安を取り除く神」とだがエジプト行を決断したヤコブ三つの不安があったと思われる。それに対して神はその不安を取り除く恵みを与えられる。様々な不安に悩まされる私たちの励ましとしたい


T本当に再会できるかという不安

ヤコブの他の息子たちは弟のヨセフと会ったと言うが、かつて息子達にもされてきたヤコブは実際自分の目で見、話しをするまでは不安であった。しかしその不安は一掃される。聖書は感激の再会をこう記している「ヨセフは…父に会うなり父の首に抱きつきその首にすがって泣き続けた」(29)感動の場面であるヤコブはその喜びで「もう死んでも良い」と言う(30)以前「(ヨセフ獣に殺されたと聞き)死んでしまいたい」と言い、今度は生きていると知って「生きて会いたい」と変わり、今は「いつ死んでも良い」と言う。生きるとか死ぬとか、忙しいヤコブである

 【適用】親子の再会は素晴らしいいつかは地上での分かれ時が来る。しかし聖書には永遠に別れのない世界が死後に備えられていることを教えている主人とは地上だけで十分という人よ、安心せよ天国ではこんな素晴らしい人だったかと驚くばかりに変えられている。しかし問題は天国に行けるかである。清い神の前に行けるのはキリストを信じて罪赦されるしかない。あなたもキリストへの信仰で永遠の天国行き切符もって頂きたい。これこそ最大の不安解決である。


U.生活保障されるのかという不安

ヨセフからエジプト人は牧畜業を忌み嫌うと聞かされ(34)そこでの生活不安が生じた。しかしエジプトに着いてパロ王から不安を一掃する言葉を聞き、都会から200qほど離れた牧草地ゴシェンの地に住むようになる(47:6)。住居も得、生活も守られた。案ずる必要はなかった。神は心ゆくばかりの配慮をして下さった

【証】開拓伝道期の経済的不安を取り除かれた証…

明日を煩い易い私たちにキリストはこう教えられたマタイ


V人生が先細りしないかという不安

ヤコブのもう一つの不安は外国の地で自分やヨセフが死んだ後、家族が先細りにらないかという事だった。ヤコブはかつてから「行って良い。そこで大いなる国民とする」(46:3)という祝福の約束得たが、その結果どうだったか。「ヤコブの家族は70人であった」(27)とあるが、その430年後にエジプト脱出の時、ユダヤ人兵士だけでも60万人。全人口→300万人。正に神の言葉に間違いはなかった

【適用】の根源的不安に「自分の人生失敗しないか」という不安がある。成功に関する不安」である

私は牧師になってから多くの人と接してきて成功に関する定義が変わった。立派な人も病にかかる。経済の不安にも陥る。富や地位ではなく、富や貧しさ成功や失敗、健康や病も全てひっくるめて自分自身を文句を言わず受容して生きればそれが成功、立派な人生だという事。パウロも肉体のトゲを持ったまま生きることを余儀なくされたが、自分を受け入れ感謝をもって神の力で生きた。これこそ先細りを超えた人生、成功の人生である。

posted by kbcc at 21:37| 礼拝