2017年10月29日

2017年10月29日礼拝メッセージ「有限の世界から無限の世界へ」ルカ5章1-11節音声で聴く。

ルカ5:1−11     「有限の世界から無限の世界へ」       17.10.29

事務機で有名なリコーの創業者市村清氏は「儲けるは有限、儲かるは無限」と言われたが、聖書は、自分の力に頼る有限の世界から神の力によって生きる無限の世界がある事を教えている。今日の話は、自分の力に頼る有限の世界でだけ生きていたペテロがキリストとの出会いによって神の力による無限の世界を知らされていく。


T.人生の「不漁体験」をする本当の理由

「夜通し働いたのに何一つとれなかった」(5)「網を洗っていた」(2)

ペテロは漁師としての成果が上がらず、その上、疲れがどっと増す後始末までしなければ行けない。正に有限の世界、限界の中でしか生きれない私たち人間の姿である。しかしそんなペテロのような私たちの姿をキリストは知っておられた。

※キリストというお方は、単に「わかるよ。人生ってそんな悲哀をなめるよね」という様な儚い慰めで終わるのではなく、その有限の世界から無限の世界を導こうとされるのだ。キリストは不漁体験から無限の祝福へと導くお方なのだ。


U.無限の世界へのステップ

1.キリストはペテロを船に乗せて二人だけにされた。

「イエスは…シモンの持ち船に乗り…漕ぎ出すように頼まれた」(3)

表向きは群衆に話し易い為の対応に見えるが、本当は失望落胆するペテロを立ち上がらせる為だった。主は人生に落胆している者を、そのまま放置する事はない。ペテロは船の中で群衆に語られる主の言葉を聞く羽目になった。何もせずに主の言葉を聞く、これこそ打ちひしがれた心が再び新しい力を得て立ち上がる秘訣である。何かしようと焦るよりも神の言葉を聞く事が優先される理由がここにある。

2.キリストはペテロに無限の祝福の世界を見せられた

「深みに漕ぎ出して網を下ろして魚を取りなさい」(4)「沢山の魚で網が破れそうになった」(6)

同じ事の様に思えるかも知れない。しかし同じ事をするのだが、結果が違うのだ。あなたが今までして来た事は正しい事かも知れないが、問題は何の力でそれをしたのかという事だ。ペテロに必要なのは自力で頑張って成功失敗を繰り返すのではなく神の力で生きる無限の世界を知る事なのだ。【私の証】劇的救い、癒し…


V.無限の世界体験のために必要なこと

「その通りにすると沢山の魚が入り網は破れそうになった」(6)

結果は信じられないような大漁であった。オリンピック競技の高飛び選手でも3メートルは無理。しかし赤ん坊でも飛行機に乗れば1万メートルの高さを飛べる!


【結び】聖書の世界は唯「いいお話」を聞いているだけでは何も変わらない。あなたはペテロの様に有限の世界の限界に疲れて座り込む事もあるだろう。新しい無限の世界へと導くキリストがおられるのだ。キリストが言われるから、もう一回やってみようと考えて従う事が大切である。ペテロは半信半疑であっただろう。いや90%期待してなかったと思う。でも従った!その時何かが起こった!あなたにもそれが必要ではないか!

posted by kbcc at 23:39| 礼拝

2017年10月23日

2017年10月22日礼拝メッセージ 「あなたはどこから来てどこへ行くのか」Tペテロ2:22-25音声で聴く。

Tペテロ2:22−25  「あなたはどこから来てどこへ行くのか」    17.10.22

[序】外国からの観光客が記録的に多い。和食アニメグッズ、商品を買うとかで来るのだ。口々に日本は安全で商品も安心、親切であると言ってくれて嬉しくなる。感謝すべき国に住んでいるのだだから住んでる私達は満足に溢れて然るべきだが、現実は社会も個人も非常な不安やストレスをかかえている。なぜか?聖書によれば、「魂の牧者である神から離れて迷子の羊の様にさ迷っている」(25)からだと言う。迷子は三つの事が分からない!的なメッセージをしたい。


T.どこから来たか分からないー命の創造者を見失っている

自分の命の根源は親だろうか?しかし親は男か女さえ決定できない。聖書は魂の牧者、監督者である神」(25)が命の創造者と語る。しかし神は存在するのか画家はそこにいなくても、画家の絵があれば画家の存在を疑う余地はない。同じ様に神は目に見えないが、存在される事はその作品を見れば分かるエペソ2:10人間は神の存在を証する例証「眉毛は何故あるか」子供ラジオ番組…顔の中で最も汗をかく額の汗よけ)…人間の骨の中で唯一成長しない耳小骨→音の感知骨成長してしまっては親の声が分からなくなる)デザイナーがいるとしか考えられない。

神こそあなたの創造者。このお方が解らない時、人は根元的生きる意味が分からない


U.どこにいるべきか分からないー自己存在の安心と価値を見失っている

動物園なんかでよく迷子が出る。大抵泣いている。なぜか?原因は単純→親(の愛)

ら離れたからである。子供は親の愛の中で魂の安心と価値を得るに、人は何かに没頭

している時は不安はないが、試練に出会うと自己存在が不安になる。魂の牧者である神

の愛から離れては絶え不安と緊張の中にあるのだ

ではどの様にして自分の存在価値を見いだすか?富か能力か?これらは人との比較の中で優越感や劣等感でフラフラして真の力にならない。聖書があなたに見出す価値は絶対的なのだ→「わたしの目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」(イザヤ43:4)

一般的には、愛とは「好き」になる事だと考えられている。例:あの人を愛している=あの人が好きだ。しかし聖書が語る愛は好きという意味ではない。聖書の言う愛は原語でアガペといい、訳し代えると→「大切にする」が最も相応しい定義。「あの人に愛されている」というのは「あの人に大切にされている」であり、「神はあなたを愛している」は「神はあなたを大切にされている」という事だ。この「大切にされる」という愛は実に大事で、私達はよく「元気が出る、出ない」と表現するが、あなたがたその環境で大切にされている時、あなたに元気が出てくるのであり、あなたがその環境で大切にされていない時、元気が出てこなくなるのである。故に「大切にして下さる」存在を発見するというのは極めて幸せな事だ。その言葉を実際の歴史で示されたのが→十字架に示された愛v22-24


V.どこに行くか分からないー死後に行くべき場所を見失っている

人は元々死後、祝福された神の世界に行くべく造られたが、罪をもっている故に清い神の天国に行けない却って祝福の無い地獄に行かねばならない。その為に愛の神は御子キリストの十字架によって罪の赦しの道を開き天国に行く道を備えられた。

【証】パスカルの「パンセ」の中で

天国、地獄がある+1

天国、地獄がない0   ※「信」を選べばどちらに行っても大丈夫。


天国、地獄がない0   「不信」を選べば死後の世界があれば極めて不安! 


天国、地獄がある−1

posted by kbcc at 15:12| 礼拝

2017年10月15日

2017年10月15日「苦しみがもたらす恵み」ヨハネ4章46-54節 後藤伝道師説教  音声で聴く。

ヨハネ4:46-54「苦しみがもたらす恵み」              

 

【序】ディズニー氏、自作のオズワルド権利他社に奪われ、苦しんだしかし、それはミッキーマウスを生み出すことになった。苦しみは私たちに大切なことを教え、恵みをもたらす。今日は上記の題で話したい。

 

T苦しみは人を神に近づける

 

ある日、王室の役人の息子が病気で高熱を出し、危篤状態に陥る役人はキリストの奇跡を聞き、癒しを求めて30kmを旅する。彼は地位と財産を持ち、要職に就いていたため、通常、キリストに会いに行くことはない人だ。しかし、瀕死の愛息に心を痛める。キリストの必要を認め、自ら出向く。苦しみが彼をキリストへ導いたのだ。

 

【適用】苦しみは私たちの心を神に向かわせ、神のみもとへ近づけてくれる。詩篇119:71「苦しみに会ったことは私にとって幸せでした。私はそれであなたの掟を学びました問題に直面して初めて人は真に神を求め出し、神が不可欠であると知るようになる。苦しみも悪くない。

【証】作曲家の小坂忠氏は、娘が大火傷したことを機に求道し、教会に足を運ぶ。やがて救いにあずかる

 

U. キリストは人を真の信仰へと導く

 

癒しを願う役人に対し、キリストは厳しいことを言われる(48節)。ご利益信仰を正されたのだ。彼は諦めず、「どうか来て下さい」とさらに食い下がる。キリストは彼のうちに信仰を認められ、「帰って行きなさい。あなたの息子は直っています」と言われた(50節)。彼に必要なチャレンジを与えられ、真の信仰を引き出されたのだ。

 

ではご利益信仰を持っていた彼が、なぜ結果を見る前に、キリストの言葉を信じることができただろうそれはキリストを正しい視点で捉えていたからだ。彼は「冷たい方だ。もうダメだ」と考えなかった。むしろ、「この方は、私に信仰を求めておられ、私を退けているのではない。きっと息子を助けて下さる」と受け止めた。

 

【例】キリストは、カナの結婚式でも、母マリヤの信仰を正された(ヨハネ2:1-5)。彼女は主の言葉を否定的に受け止めず、手伝いの人たちに「あの方が言われることを何でもしてあげて下さい」と伝えた。「キリストなら、必ず何とかして下さる」という期待と信仰の表れだ。実際、キリストは奇跡を行われ、結婚式を祝福なさった。

 

【適用】問題に直面した時、否定的に考えたり、早急に結論を出してはいけない。役人やマリヤのように正しい視点でキリストを捉え、主がなさる御業に期待してほしい。信仰の視点で捉えることができれば、問題の解決を見る前に平安を得ることができる。あたかも解決したかのように、安心して結果を待つことができるようになる。

 

V御言葉に従う人は祝福を受ける

 

キリストの言葉に従い、役人は帰途につく。すると僕たちが来、息子が回復したとの知らせを受ける。癒された時刻は、「息子は直っています」と聞いた時刻と一致。彼も家族も皆、揃ってキリストを信じ、救いに導かれた。キリストは一緒に来られず、直っているという印もなかったが、彼は御言葉にただ従った。そして祝福を受けた。

【証】私と母はマタイ18:19〜20の御言葉に従い、祈った。すると経済的な必要は満たされ、伯母は救われた。

 

【適用】御心にかなう願いをするなら、神はそれをいて下さ(Tヨハ5:14)御言葉に従い、祝福を得よう。

posted by kbcc at 17:53| 礼拝