2019年08月26日

2019年8月25日礼拝メッセージ「たましいの安らぎ」音声で聴く。

マタイ11:28−30   「たましいの安らぎ」        19/8.25

【序】最近テレビで人気の脳科学者中野信子さんの書かれた本がある。売れ筋ナンバーワンの本『キレる!』。確かに、あおり運転、京アニ放火、バス停の児童殺傷…、現代は個人も国も世界も安らぎなく切れる時代だ。キリストは二千年前に既に現代人が最も求めている魂の安らぎについて語っておられる。聞きたいものだ。


T.現代の三大不安

  1. 健康の不安…健康な時は病気のことなど考えないが、健康診断で重い病を

宣告されると忽ち不安になる。日本は長寿国で有難い事だが昭和55年を境

に家で亡くなる方が多かったのが病院で亡くなる割合が逆転。今は9/10。つまりは年老い病に倒れ入院し不安な死を迎える【例】大金持ちが末期がんになって医師に「先生お金やったら何ぼでも積み増すので何とか直して下さい」哀れ!

  1. 人間関係の不安…読売新聞8/20朝刊「いない寂しさいる苦しさ」…夫婦

も結婚当初は一緒にいるのが幸せだったのが、働き盛りになると夫が不在で

妻ストレス。退職後は夫24時間在宅でこれまたストレス。いないのがストレ

スだったのがいるのがストスになる。現代の妻「寂しがり屋の一人好き」

 3.失敗の不安…自分の人生は成功しないのでは? いつか失敗するのでは?

  

U.たましいの安らぎを得る効用

  1. 健康増進

クリスチャン医師の日野原さんも、ノンクリスチャンの鎌田実さんも一様に安らぎの効用を語る。感謝、喜び、安らぎ→良い脳内ホルモンが出て血液サラサラにし成人病撃退。それに対し、怒り、恨み、愚痴→悪性ホルモン(自然界では毒蛇の次位の毒性)が発生し、生きた細胞を殺す。 

  1. ゆとり

詩篇4:1「あなたは私の苦しみの時ゆとりをくださいました」

「ゆとり」=困難な時にも切羽詰まらない事。恐れに囲まれても出口がある事。これはストレスから解放される道ではないか!


V.たましいの安らぎを得る道

「わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます」(マタイ11:29)

キリストの言葉であるがここに安らぎを経験する上で大切な真理がある。

「わたしから学びなさい」と言われる→「わたしについて学びなさい」ではない。「わたしについて」-これは単なる知識だけの世界」だが、「わたしから」は「個人的交わりを通して」ということでキリストを受け入れることが必要だ。【証】レーナ・マリアさん(スウェーデン人。生まれつき両腕がなく、足も片足は半分の長さしかないが、その自然の明るさ、安らぎが多くの人に感動を与え、長野オリンピックでアメージンググレイスを歌い、パラリンピックに水泳選手として活躍…(別紙参照)

レーナ・マリア証


私は今まで出会った人たちから、必ずと言っていいほど「あなたは体の障害がありながら、全然弱音を吐かないし、そうかといって無理してがんばっているようにも見えない。どうしてそんなふうにしておられるのかですか?」と聞かれました。日本のテレビ番組に出演した時も、同じようなことを質問されました。そんなとき私はこう答えます「どんな時にも神様は私を見捨てられないし、信じる者に前向きに生きる力を与えてくださるからです。どんな人でも心の中に、神さまでなければ満たされない部屋があると思います。でもそれに気づかないで、神様の代わりにお金や物、地位や名誉、様々な知識といった代用品で心の部屋を満たそうと努力している人が多いみたいです。でも本当には満足できないんですね。神様は私を障害者として造られたわけではなく、別の原因でこういう体になったのだと思います。それに神様は全能ですから、私の手や足を作り変えることもお出来になるはずです。でもそうなさらず、私に障害を残しておられるのは、人間にとって大切なのは、体の健康よりも、魂の健康であることを明らかにするためだと思っています。

 神さまは私に、手の代わりに心の中に豊かさを与え、私が自分自身の体を愛せるようにしてくださいました。だから私にはこのような体で生きることの意味を見つける「ゆとり」があるのです。だから神様に「この体をどうして直してくれないのよ」などと言って恨んだりしたことは一度もありません。良い人生だと思っています。

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2019年08月19日

2019年8月18日礼拝メッセージ「不可能の壁を破る」ヨハネ4:7−26 音声で聴く。

ヨハネ4:7−26       「不可能の壁を破る」       19/8.18

【序】人間自体は羽根がないので空を飛べない。で、人類は長い間空を飛ぶ事を諦めてきたが、それならエンジンを使って空を飛ぶ事ができるのではないかと考え飛んだ人がいた。自転車屋を営む米国人ライト兄弟,1903年の事。不可能の壁を破る人は常に新しい発想がある。今日の聖書の人物は虚しい生活から出直そうとするが何度も失敗し絶望。キリストに出会い虚しさからの解放という不可能の壁が破られていく。その為に何が必要か?


T.否定的な思いを捨てる

 彼女は暑い昼に井戸の水汲みに来る。低血圧?否!五度の結婚に挫折し、人の噂を立てられるのが嫌で朝ではなく昼に来るのだ。結婚に失望しているが、それ以上に問題は否定的な考えに支配されていることである→彼女は水がほしいのに「汲む物がない。水は深い」(11)否定的なことばかりを数えている。世にはできるという計算よりもできない計算を得意としている人がいるが、新しく変えられる為には否定的な思いを捨てる必要がある。あなたも「私が変わる事は不可能だ」と言ってないか?私達の問題は、否定的な思い込みが強すぎる事だ。人間がどんなに否定的な結論を出しても、それが最終的な結論ではない。聖書の神は全能の神!→エペソ3:20「どうか、私達のうちに働く力によって、私達の願うところ、思うところのすべてを超えて豊かに施すことのできる方に」である!要は否定的な思い込みが変えられることが大切だ。


U.自分の問題から逃げない

 主が「夫を呼んできなさい」(16)と言われた時、彼女を辱める為ではなく、新しい人生を提供する為であった。なぜなら新たなスタートは問題の根から始まるからである。しかし彼女はその問をかわして逃げようとした(17)問題から逃げると問題に追いつかれる。創世記のヤコブが良い例だ。父を騙して逃げたが自分が叔父から騙された。確かに人は自分の本当の姿を直視したくない者である。イソップの狐の様に手の届かない葡萄を酔い葡萄と決めつけ真剣に取り組まないのと同じ。しかし自分の問題から逃げてばかりいると何も生まれない。問題の根を愛の神に指摘されるのは真の解決のためであるのを知って逃げないようにしたいものだ。 


V.キリストの愛は不可能を可能にする力である

彼女は結婚生活に失望し、町の人からは蔑まれ、自分なんか誰からも愛されない人間だと孤独と絶望の日々にあった。しかし違ったのだ。キリストは彼女一人のために暑い昼下がりに、井戸で待ち続けられた。彼女にご自身の愛と力を知らせ、不可能を可能にする人生を提供するためであった。同じ様にキリストはあなたが教会に来るまであなたをずっと待っておられたお方。あなたの過去がどんなに悲惨であっても、祝福の人生を提供し、婦人があれほど嫌がっていた人達に会い証さえする力を得たように(28,29)、今もキリストはあなたに十字架で示された愛によって不可能の壁を打ち破らせて下さるお方である。

【証】犬養美智子著『人間の大地』国際赤十字で働くピーター…(次頁参照)

『人間の大地』(犬養美智子著)

アフリカでの難民キャンプに7万人も収容されていたが、その中に一人の幼い子供がいた。親は死んだか殺されたか、兄弟がいるのかいないのか一言も口を   聞かず、ただ空虚な顔で空を見上げたままであった。衰弱しきった体は熱帯性疫病の絶好の餌食で、その子は病気を幾つも持っていた。国際赤十字の医師団は打てるだけの手を打ち尽くしたが、治療の道も途絶え、あとは衰弱して死んでいくしか道は残っていなかった。

その赤十字で働く青年ボランティアの中にピーターという青年がいた。医者がさじを投げた時から、ピーターは特別の許可を得て子供を抱き、夕方5時半にはボランティア団もキャンプを離れる規則になっていたが、子供を抱き続けた。子供の頬を撫で、耳元で繰り返し子守唄を歌い、また神の愛が注がれるように祈り続けた。全身蚊に刺されながら、抱いて励まし続けた。そして三日目である。その子はピーターの目をじっと見、にっこり笑ったのである。自分を愛してくれる人がいた。自分を大事に思ってくれる人がいた。この気持ちが無表情の石のごとく閉ざされていた子供の心を開かせたのであった。ピーターは泣いた。更にスプーン一杯の食べ物を口に持っていくと子供は食べた。絶望が希望に変わった瞬間であり、愛によって不可能が可能に変わった瞬間でもあった。

犬養さんは「私にとって生涯忘れる事ができない出来事でした」と記している。

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2019年08月12日

2019年8月11日礼拝メッセージ「天国はあるのか」 ヨハネ3:1−5音声で聴く。



【序】私はクリスチャンになるまで地上の人生が全てで死んだら終わりと思っていた。それで他人に迷惑をかけなければやりたい事をして生きればよいかと思っていたが、交通事故で吹っ飛ばされ意識が戻ってから「待てよ、死んで本当に終わりなのか、それとも何かあるのか?」と不安にもなった。今日出てくるニコデモは聖書学者で人々からの信頼も厚い指導者であったが、同じ質問を持っていた。私達も誰もが死ぬ。しかも死後の世界は未知の事だけに不安である。地上の人生を確かに歩むためにも、この質問に関する確信を得ておきたい。三つの確信について:


T.天国はあるという確信

誰も死後の世界を経験した人はいない。それだけに人が言えるのはせいぜい天

国はあるかもしれないという漠然とした考えや、あってほしいという願望でし

かない。しかし死後の世界について最も語られたのはキリストである、しかも

キリストの語る言葉は確信そのものである。ヨハネ伝から二つ引用したい。

@ヨハネ6:39,40

キリストの使命は父から委ねられた御子を信じる者を死後に甦らせて神の国に入れる並々ならぬ決意

 Aヨハネ14:1−3

最後の晩餐での言葉―翌日は壮絶な苦しみをもたらす十字架刑を承知の中、弟子たちのことを心配し、天国に場所を備えに行くことを語られた。


U.天国に入る条件に関する確信

日本では多くの人達が「真面目であれば、正しければ」行けるという儚い考えを持っている。しかし「正しければ」という基準は、何をもって「正しい」と言いうるか。「正しい」は都合で変わる。

【例】嘘をつくことに良心の呵責を感じる人もいれば、自分の都合で構わないという鈍感な良心もある。時折「私は良心に恥じることはしてこなかった」という方がいるが、はっきりさせないといけないのは、本当に良心に恥じることをしてこなかったのでそう言えるのか、それとも良心が鈍感で罪意識を感じなかっただけなのか、である。

元々人間には入国資格がないのだ。それで神は入国条件を示された。それは「新しく生まれる」(3)ということ。具体的には5節「水と御霊によってしか神の国を見る(入る)ことはできない」。「水」=洗礼の事。「御霊」=聖霊の働きである罪を認め、キリストを救い主と信じる信仰の事→Tコリント12:3


V.ニコデモの救いの確信

 ここでは答が出ず、長い間人々を憚って確信を持てなかったニコデモであった

が、後に立派な信仰告白をして救いの確信を得た→ヨハネ19:38,39 

【適用】求道者よ、時間がかかっても良い結論を出してほしい。M兄の求道年数(30)

     信仰者よ、ここ一番の時がある。その時信仰を恥じることなく言い表そう。

posted by kbcc at 09:31 | TrackBack(0) | 礼拝