2017年04月17日

2017年4月16日礼拝メッセージ「イースターが伝える希望の福音」マタイ28:1-10 音声で聴く。

マタイ28:1−10   「イースターが伝える希望の福音」     4.16/17

【序】一般新聞に「日本でイースターがブームになりつつある」とあった。最近はウサギやひよこのグッズや卵料理、春の装いetc。しかしイースターはセールス以上にもっと素晴らしい喜びの訪れなのだ。それは人類に大きな希望をもたらしたからだ。今日、カギになる三つの言葉から「イースターが伝える希望の福音」をお伝えしたい。


T.死を超えた永遠の命の希望―「甦られました」()

 何が不安と言って死ぬ事程不安と悲しみはないだろう。死は誰にもやってくる。来たら避けられない。死は全てを失う。人もお金も。更に死後の世界への不安がある。だから死は最大の悲しみであり不安なのだ。しかしここに人類に最大の希望が与えられた→キリストの復活である(6)しかし何が信じられないからと言って、死人が生き返ることほど信じられない話はないだろう。だからキリストが死を打ち破って復活されたというのも、弟子たちが亡霊を見たのではないか、作り話ではないか、文学的象徴ではないのかと、様々な解釈があった。しかし→@殉教の事実 A世界大的拡がり B死に臨んでの信仰者の平安と天国への明確な希望−これらは信じるに足るしるしである。教会が復活というメッセージを作ったのではなく、復活という事実が教会を作ったのである。その結果ヨハネ11:25は信者への希望なのである。


U.人生の再出発の希望―「ガリラヤに行け」(10)

 弟子達は失意の中にあった。主を裏切り見捨てたからだ。3年半主と共に過ごし奇跡も素晴らしい教えも愛も知った。しかしここ一番という時に信仰も愛も発揮できず主を裏切ったのだ。そんな時「ガリラヤに行こう」と主は言って下さる。何故ガリラヤ?→ガリラヤはペテロ達が主と初めて会った場所。つまりガリラヤは新たに再出発を可能にする場所!主は過去の罪と失敗と傷を持つ彼らに、もう一度人生の再出発のチャンスを提供される。あなたにも再出発のガリラヤがある!

【適用】あなたが過去の罪や弱さや失敗で打ちのめされていたとしても「ガリラヤ」があるのだ!主が再出発の道を用意して下さっている。実は敗北や無力の経験は自分を嘆くためにあるのではなく、真の力の主を知るためにある。そもそも私達は裸で生まれて来たのだ。やれ財産だ健康だと求めて何となくそれで間に合っていたが、人生の試練や挫折の前には本当の力ではなかった事に気付く。だから命の原点である神に帰ろう。


V.日常の平安が与えられる希望―「平安があるように」(口語訳)(9)

 この言葉は新改訳では「おはよう」だが、口語訳では「平安あれ」。日常の平安!

大切なのはこの言葉を主は先ず女たちー特にマグダラのマリヤ(1)に語られた。彼女は七つの悪霊に捉えられていた女。人生に大きな傷をもっていた人である。主はその様に何らかのトラウマや傷を持っている人たちに、日々の平安を祈り注がれる!

【適用】モンテーニュは「心配毎の的中率は1%」と語った。大いに参考にしたいが、心配性の人はその1%が当たったらと不安がる。しかしその1%が当たっても決して悪いようにはならないと信じれたら大丈夫でないか!∵ローマ8:28! 神の言葉を信じる事だ。例:私の名「正夫」が好きになれなかった。小学校国語に出ていて冷やかされたからだ。しかしやがて気に入った。「正」は「一」()に止まるだから。あなたも神に留まろう!



posted by kbcc at 14:10| 礼拝