2017年05月09日

2017年5月7日礼拝メッセージ「私は私以上の私になれる」創世記35:9-15 音声で聴く。

創世記35:9−15       「私は私以上の私になれる」     17.5.7

【序】時々尋ねられる「私は性格が暗くて批判的、なので中々友達も作れない。性格って変えられますか?」と。私は「性格は神が作られたもので基本的には変わらないですね」「そうですか…(溜息)」しかし一つ付け加える「性格は変わらないとしても人生は変わりますよ!」と。今日の聖書からその希望をお伝えしたい。


T.誰が人生を変えるのか

それは創造者である神が性格を超えて人生を作り変えられるのである。人の努力ではなく、神の御業の故である。10を見てみよう。「あなたの名はヤコブであるが…もうヤコブと呼んではならない。あなたの名はイスラエルでなければならない」

つまり生来のヤコブは強さもあるが弱さも欠点もあり、そのままでは直ぐに衝突してしまう。その彼の人生を神が作り変えて、彼の子孫からイスラエルという国家を生み出す人生に変えられた。それと同様に、神は今日も性格を超えて人生を作り変えて下さるのだ。表題に「私は私以上の私になれる」としたが、正に神は私を私以上の私に変えてくださるのである


U.どのように人生が変えられるのか

1.弱さからの解放「もうヤコブと呼んではならない」(10)

ヤコブの人生は父や兄そして叔父との激しい対立であった。その理由は根にある競争心!→創世記27:36に彼の名前の由来がある→ヤコブとは「押しのけるもの」の意味。人は神によって造られたが、どこかの時点で神無しで生きて行こうとする。ヤコブもそう生きてきた。頼るものは自分であり、お金であり、能力だと。すると人間しか見ないので激しい競争心が生まれる。どうしても負けたくない、勝ちたい。この過度の思いが人生を疲れさせる。どんなに成功しても、いつ振り落されるか戦々恐々で安らぎがない。これが彼の人生であった。しかし神との出会いを通し弱さから解放される即ち勝ち負けの執着がなくなり人との比較ではなく自分自身を生きればよいという生き方に変えられるのだ!

【証】がむしゃらビジネスマンだったMさんの回心…

2.神の力を知る未来の祝福「わたしは全能の神である」(11

 4世紀頃作られた信仰告白に「使徒信条」というのがある(新聖歌P826その中に

「我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず」とある。全能の神が強調されている。この全能とは人間にとってどういう意味か?それは何でもかんでも祈れば神はそうして下さる、ということではない。神の全能とは、私たちの最善の人生のために私達が関わることを主は全能の力をもって成し遂げてくださるという事である→詩篇138:8。 これは私の牧会人生において体験してきたことである

【証】肉体的命の危機からの回復という神の全能の力(陽平君)。 会堂建設での奇跡的資金調達! 危篤状態での劇的な信仰告白による救いに見られる神の全能の力(吉田さん、竹井さん、土屋さん、浅見さん、狩野さん、細川さん達)…エペソ1:19 

posted by kbcc at 11:47| 礼拝