2018年01月22日

2018年1月21日礼拝メッセージ「泣かなくてもよい」ルカ7章11−17節音声で聴く。

ルカ7:11−17         「泣かなくてよい」        18.1.21

【序】中世の画家たちが描くキリストの顔はなぜか似ている。それには言い伝えがある。キリストが十字架を負ってゴルゴダまでの道を歩かれた時に、頭にかぶせられた茨の冠のトゲで額から出血し、顔が血で染まった時、ベロニカという敬虔な女性が自分のベールでキリストの顔に当てて血を拭った。そのベールについた血痕がキリストの聖画の元になったらしい。キリストのお顔が実際どのようなのかは知りたいところだが、今日の箇所にはルックス以上にキリストの素晴らしさが表されている。


T.キリストの心

キリストがナインという町に行かれた時「大勢の人の群れが一緒に行った」(11)とある。町は喜びに溢れキリストを大勢で迎えた。だがその中に悲しみに涙する人がいた。するとキリストはその喜びの輪から離れ、悲しむ人のところに近づかれる。それは「やもめとなった母親の一人息子が死んで担ぎ出されていた」(12)からである。この女性は、夫を先に失い、頼みの綱であるひとり息子「青年」(14,20)

を失うという悲しみに潰されていたのである。 

【適用】この世はまじめに生きている人が報われる世界であってほしいが、なぜか不幸が襲う。逆にずるい人がスイスイ行く場合もある。そのような人生の矛盾にやり場のない悲しみを覚える時がある。しかし知ってほしいのは、キリストは歓喜の中から離れて、その悲しむ人を知り寄り添うお方であるという事だ!


U.キリストの言葉

「主はその母親を見てかわいそうに思い、『泣かなくてもよい』と言われた」(13)

キリストは人生の矛盾に嘆き悲しむ者に深い同情心を持つと共に驚くべき言葉を語られる。「泣かなくてもよい」。人もまた励ましの意味で「泣かないで」という事もある。しかしこの「泣かなくてもよい」は違う。泣く原因をストップさせる力ある言葉なのだ。人間には無力を感じさせる無数の問題がある。心の怒りや愚痴や妬みを消せない無力、人間関係の無力、仕事や人生の無力。それに対してキリストは力ある聖書の言葉によってあなたの問題をストップさせる力をお持ちである。

【証】「聖書と私」(三浦綾子)―人間の心って余程の事がないと変わらないのに!


V.キリストの力

「青年よ。あなたに言う、起きなさい…するとその死人は起き上がった」(14,15)

キリストは多くの奇跡を行われたが、この奇跡は癒される側の信仰の言及はない。

有るのはキリストの愛が動いて奇跡を行われたという事である。ここに慰めがある。

私達は「私は信仰が薄いから、奇跡は起こらないのだ」と思うが、この話はこちら

の信仰の有無以上にキリストの愛が先行しているのだ。この奇跡の話は我々の信仰

の強弱に関わらずなされる神の御業があることに励まされ神を仰いで進んでいこう

ではないか!

posted by kbcc at 11:36| 礼拝