2019年01月08日

2019年1月1日礼拝メッセージ「競走は足の速い人のものではなく」伝道者の書9章1節音声で聴く。

伝道者の書9:11   「競争は足の速い人のものではなく」    19元旦礼拝【序】明けましておめでとうございます…新年スタートをとても励みになる御言葉を聞いて始めたい。


T.その御言葉とは?

 「競争は足の速い人のものではなく、戦いは勇士のものではなく、またパンは知恵ある人のものではなく、また富は悟りのある人のものではなく、愛顧は知識のある人のものではないことが分かった。すべてのひとがときときかいにであうからだ」(9:11)

競争社会で生きている私たちは足が速い人が競争に勝つと思っているし、戦いは勇士が勝ち、食の糧は知恵のある人が多く得るし、冨み栄は賢い人が得、人の好意は知識のある人が得ると考えるが、聖書はそうではないというのだ。

【実際】小学生の成績順で成功するのではないだろうし、ロンドン世界陸上で百メートルで第一人者のボルトが勝つと思ったが3位だった。リレーではメダルにも届かなかった→競争は足の速い人のものではないのは本当だ。


U.では何が人生レースに勝ちを得させるのか?

「すべての人が時と機会に出会うからだ」

 この意味は、神を信じて従う人生を生きるなら、不思議な「時」に導かれ、その「時」が恵みの「機会」となって祝福を受ける、という意味だ。例を挙げよう。

 【例証】ルツ記のナオミとルツに見る神の「時」と「機会」…

  ユダヤで飢饉になり、ナオミは夫と二人の息子と共に隣国モアブに難を逃れる。しかしそこで夫が死ぬ。二人の息子はモアブの女性と結婚し10年経った頃、二人の息子も死んでしまう。ナオミに息子の嫁だけが残った。やがて飢饉も終わり国に帰ろうと決心するが嫁を連れて帰るのは忍びない。そこで嫁たちに自分の親元に帰りなさいと勧める。弟息子の嫁は泣く泣く帰るが、兄息子の嫁ルツはこう言う「あなたを捨てるようなことはさせないでください。あなたの行かれる所に私も行きます。あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です」(けなげさに泣ける話)

ルツは神に従う決心をし、姑ナオミを見捨てない決心をしたのだ。ナオミは嫁ルツと国に戻るが、極貧の生活。しかし時あたかも大麦の収穫時!ルツはナオミに言う「今大麦の刈り入れ時、落穂拾いに行かせて下さい」―ユダヤでは貧しい人の為に収穫時に、刈り残したものを拾ってよいという教えがあったーそれにはいじめもあったのだがルツは決心する。そして出かけたところ、辿り着いた畑が立派で親切なボアズの畑。やがて結婚する相手。この事を聖書は「はからずも」ボアズの畑であった」と表現する。神に従う道には不思議な「はからずも」の恵みを得るのだ

【証】「時と機会」に関する「はからずも」経験の証…

  ・交通事故と父の倒産と言う「時」が「はからずも」救いと献身の「機会」になった

神学生一年生時、それしかない千円札を献金した「時」が「はからずも」3千円を得た「機会」

神学生4年生時、母教会で奉仕、高校生会担当アシスタントが歌の上手い立脇さん、3年後妻になっていた。

・神学校卒業しある教会での採用が決まっていた時、「新田を耕せ」の御言葉を読み思い巡らす中、はからずも」S師が拙宅を尋ね「金剛開拓のために祈ってもれあえませんか」

【結び】能力がないとかお金がないとか思う負け犬根性を捨てて、神を信じ神に従う決心を強くしようではないか!→不思議な「時」から恵みの「機会」へと導かれる!

posted by kbcc at 13:49| 礼拝