2019年06月10日

2019年6月9日礼拝メッセージ 「私たちは力を必要としている」ルカ24章45-49節音声で聴く。

ルカ24:45−49      「私たちは力を必要としている」     19/6.9 

【序】2年前の7月、金剛団地に百年に一度花センチュリーフラワーが咲いた。ラジオやマスコミでも取り上げられ、あちこちから見に来て写真を撮っていた。こういう話はその花を見た人は友人知人に伝えたいという気持ちになる。それを思えば、もっと凄いビッグニュース、キリストの復活は弟子達も放っていても伝えたくなる話だが、キリストはそれを止め、待てと言われた。いったいなぜ?その理由は私達も人生を生きる上でこれから行動という時に備えるべき三つの要素でもある。


T.聖書による確信を得る

 キリストがご自分の復活の姿を見た弟子達に驚きのニュースを伝える行動にストップをかけられた理由は、衝動や情熱では困難が起こると挫折し易いからだ。

【例】情熱の限界―結婚した時は恋愛という情熱があれば大丈夫と感じ易い。「君といると幸せで僕は息が止まりそうだよ」十年後そうは行かない「君といると息が詰まるんだよ」と。情熱は長く続かない。

では何が必要なのか?聖書による確信である(45)→そうでないと単なる勢いや情熱では信仰生活もとん挫すし惰性になる。それ故復活信仰も聖書による確信が必要なのだ!【証】私の生きる上で得た聖書の確信…開拓伝道も会堂建設の時も…


U.使命感を得る

  「主の証人」(48)―自分の使命は何かという自覚

人にはそれぞれ生かされた使命がある。マザーテレサ「人生はやりたいことをするためにあるのではなく、成すべき事を果たすためにある」自分の使命を見いだすと人生で大きなエネルギーをもたらす。

※苦しい事ばかりが多くて自分の使命が分からないという方に:聖書によれば、その苦難さえ使命と変える経験である。キリストがその事を示しておられ励まして下さる。→ルカ22:31,32

【例】サリバン女史…母に死に別れ父に捨てられ孤児院に預けられ否定的になっていた彼女がキリストを救い主と信じた時、自分の孤独と苦難をも主に用いられる使命に生きる事が出来、大きな働きをする事が出来た。苦難を負った彼女でなければヘレンケラーを導けなかったであろう。


V.神の力を得る

  どんなものでも動くのには力がいる、車でも飛行機でも。人間もそうだ。当面食料が無ければ動けないが、如何に素晴らしい食料があっても困難に立ち向かう事は出来ない。別の力が必要なのだ。というのも人には致命的な弱さがある。「孤独と困難」に弱いのだ。それ故神は一人でも困難でもやりぬくを約束された49

【証】神の力の体験…飽き性の私が45年も駅前伝道を無理なく導かれている事。しかも喜びをもって!これは神の力が与えられてなければできないことだ。私の飽き性という性格から分かる。これは私だから特別というのではない。聖書には皆それぞれの必要から力が与えられている、モーセには「奇跡」の力。ダビデには「困難な中の平安」あなたにもそれ相応の力を賜る!

posted by kbcc at 10:34 | TrackBack(0) | 礼拝
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