2019年10月21日

2019年10月20日礼拝メッセージ「因果応報思想からの解放」音声で聴く。


ヨハネ9:1-7       「因果応報思想からの解放」       19/10.20
【序】日本には色々な思想があるが、その中でも不幸をもたらす思想という枠があれば、その中の一番上にあげられるのが今日お話ししたい思想―「因果応報」である。禍に会うと、やれ祟りだ、因縁だ、はたまた心掛けが悪い、と言われて大いに傷つき悩む。取り戻せない過去に縛り付けるのでは解決がない。キリストは全く違うことを教えられた。解放のメッセージ!

T.因果応報思想は間違いである
 「この人が盲目に生まれついたのは誰が罪を犯したからですか?」(1,2)
生まれつきの盲人について尋ねた弟子達の言葉は因果応報思想である。
【例】関西盲人宣教会という視覚障害の方々への伝道団体に招かれてメッセージをした事がある。参加者全員目が見えないという集会は初めてで分科会にも出た。そこで聞いた証「私は成人になってから視力を失った。毎朝今日は目が開くかもかもしれないと3年間期待し続けた。受け入れるのに時間がかかった。それも辛かったが道を歩いていると知らない布教師に声をかけられるのが更に辛かった「何でも原因があるのです。肺結核とライ病は天刑病なんです。これは神が与えた罰なのです。即ち肺病はハイと従わないから肺病になる。顔に痣のある人は前世で夫の顔を踏みつけたから。盲人も親の因果が子に移った」と。当人も身に覚えのない前世を持ち出して祟りだとか、因縁だとか決めつけられて堪らない思いをされたそうだ。
今も昔も肉体的障害や不幸を因果応報に縛り付けて、如何に多くの人が間違った悲しみを担わされているか数知れない。それに対して主イエスは「この人が罪を犯したのでもなく両親でもありません」と明確に宣言された。

U.禍もまた神の恵みの体験に導かれる
キリストの言葉→「神の業がこの人に現れるためです」(3)
この意味=病や弱さもまた神を信じて生きることの素晴らしさが表れる為である。この盲人は今まで視力がないというだけの理由で名前も付けられず、物乞いの人生を強いられ、差別的な言葉しか聞いてこなかったのである。しかし生まれて初めて愛と希望の言葉を聞いたのである。大変な喜びであっただろう。「命は大切だ、命を大切に、そんなこと何千回、何万回言われるより、あなたが大切だって誰かが本気で言ってくれたら、それだけで生きていける」(日本公共広告機構) 正にその言葉を聞いたのだ。
【証】新垣勉さんの証…(次頁参照)

V.確かな道は御言葉に従う人生にある
主は泥を作って盲人の瞼に塗り「シロアムの池に行って目を洗いなさい」(7)と言われた。直ぐに癒しもできたが、そうされなかった。それは彼に今後、確かに道は御言葉を信じ従うことにあることを体験させるためであった。→シロアムの池まで約800bの距離を歩きながら「イエスの言葉は本当だろうか?もし目が開かなかったら?でもあのような愛と希望の言葉を語って下さるあの方が嘘をつかれる筈はない」 やがてシロアムで目を洗って開眼!
信仰は不安や迷いが一切無い生活ではない。そうあってもいいのである。ただ、
その中で御言葉を掴んでいく、そんな中で恵みの体験がなされていくのである。
盲目のテノール歌手新垣勉さんの証
沖縄で在日メキシコ系アメリカ人の父と日本人との間に生まれた。出生後まもなく助産師に目に家畜を洗う劇薬を点眼される不慮の過失で全盲となる。更に1歳のとき両親が離婚。父親は帰国。母親は再婚したために、母方の祖母に育てられる。その際、祖母を母親と、実の母親を姉と言い聞かされながら育てられた。中学2年の時、祖母が脳梗塞で死去。天涯孤独となる。そんな中、ある布教師が「あんたは悪い星の下に生まれた。先祖の因縁だ。諦めるしかない。恨むなら先祖を恨みなさい」と言われ、自分の境遇に絶望し井戸へ飛び込み自殺を図ろうとした。しかし死にきれず意味もなく歩いていた時、教会から美しい讃美歌が聞こえてきた。元々歌が大好きであったこともあり、導かれるままに飛び込んだのが首里バプテスト教会だった。牧師は真剣に話を聞き涙を流して祈ってくれた。そして、ヨハネ9章を開いて、あらゆる障害は罪のせいではなく、却って神の素晴らしい御業が現れる機会になるのだ」と伝えてくれた。新垣さんはキリストを受け入れ希望の人生が始まった。
しかし両親に捨てられた傷は消えることはなかったが、一大転機が訪れる。もともと天性の歌声を持っている新垣さんが西南学院神学部の4年生の時、神戸在住の世界的ボイストレーナーのバランドーニ師のオーディションを受ける機会が与えられ、そこで言われた。「新垣さん、あなたの声は日本人離れしたラテン的な響きがある。これは神様からのプレゼント。お父さんに感謝しないといけないね」と称賛された。生まれて初めて憎しみが心の中で音を立てて崩れた瞬間だった。
やがて少しずつ音楽の道が開かれ、NHK大ホールで「さとうきび畑」を熱唱し、クラシックとしては異例の20万枚のCDを売り上げるヒットとなった。
現在、各地でコンサート活動を行っている。澄んだ声と逆境を乗り越えた半生が共感を呼んでいる。ユーモアのある方で「私は体が楽器みたいなものです。なにせ名前が『アラガッキ』というくらいですから。」など。ユーモアに富んだ軽妙な語り口で人々の共感を呼んでいる。
posted by kbcc at 09:59 | TrackBack(0) | 礼拝
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