2019年11月12日

2019年11月10日礼拝メッセージ 「延命に勝るもの」音声で聴く。


ヨハネ11:17−44      「延命に勝るもの」       19/11.10 
【序】人間が最も恐れているのは「死」だろう。死は仕事も計画も人間関係も全てキャンセルさせる。だから健康に気を遣うし延命も計る。テレビでもいかに健康サプリや薬の宣伝が多い事か。しかし思うに薬の中で最も良い薬は聖書だろう。何しろ旧薬?新薬?という位だから…。しかし延命できたとしても数年の差だ。しかしここに「延命」に勝るニュースがある。「永遠の命」への道がキリストによって開かれた。これを自分のものにできるビッグニュースが今日のラザロの甦りの箇所にある。この箇所が伝える三つのメッセージをえたい。

T.キリストの愛―人の悲しみに寄り添う心
 「イエスは涙を流された」(35)
全聖書中最も短い節。ここに「愛する者を失った者」への深い愛がある。キリストはポンポンと無感覚で奇跡を示されたのではない。愛する者を失った家族への深い同情心がある。キリストが「涙を流された」のは、その涙である。キリストというお方は人の悲しみに深く共感されるお方。私達には奇跡はできないが、この寄り添う心がある時不思議な癒しがなされる。
【証】85年日航ジャンボジェット機墜落事故は500人以上の犠牲者が出た事故だったが、その中に主人を亡くされた婦人がいたが、教会で友人に言われた心ない言葉「この事故は教会から離れている息子さんを取り戻すための事故ではないの?」で反応性の欝になられた…そんな中で近所の八百屋のおじさんがやってきて言った。「奥さん、大変な事になりましたね…食事の準備もする気にならないでしょう。買い物する暇もないでしょう。私これだけもってきました」と涙と共に籠一杯の新鮮な野菜。一番慰められたという。

U.キリストの力―死を打ち破る力
「私は甦りです。命です。私を信じる者は死んでも生きるのです」(25)
主がこの言葉を語られたのはラザロの死後四日目で、死臭が漂い始める頃(39)。単なる励ましでは済まされない葬儀の最中。その中で主はラザロを死から甦らされた。(43,44) 死はやはり信仰者といえども最大の不安。しかし信仰の強さで復活がもたらされるのではない。ただキリストの御力が復活と永遠に後をもたらすのである。人に必要なのはキリストを救い主と信じる信仰のみ!
【適用】私たちの人生は年を取るにつれて段々寂しく侘びしくなるのではない。30代よりも50代,50代よりも80代がより儚く希望が薄れていくのではない。反対である!キリストに救われた人生は永遠の復活に向かっていく人生なのである!→ヨハネ6:39,40!

V.キリストの教育ー御言葉の適用
「あなたが信じるなら神の栄光を見ると、私は言ったではないか」(40)
マルタは頭では復活信仰を信じていたが、葬儀の現場でキリストが弟ラザロを甦らされるとの御言葉の適用ができなかった(27,39)。理由は世の常識や経験に支配されていたからである。信仰は現実の生活で適用されるべきなのである。 
posted by kbcc at 18:14 | TrackBack(0) | 礼拝
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/186796765

この記事へのトラックバック