2019年11月19日

2019年11月17日礼拝メッセージ 「その愛、無駄と言われた時」音声で聴く。


ヨハネ12:1−8     「その愛、無駄と言われた時」     19/11.17
【序】新任牧師が初めて結婚式の司式をする事になった。先輩牧師から言葉に詰まった時は「慌てず一番好きな御言葉を語れば後は出てくるから」とアドバイスをもらった。安心して臨んだがやはり言葉に詰まって慌てた。そこで先輩牧師の助言を思いだし「そうだ一番好きな御言葉だった…父よ、彼らをお赦し下さい。彼らは何をしているのか分からずにいるからです」これは笑えるミスだが、ミスどころか非難と変わってしまった話がでてくる。一生懸命愛の業に励んだのに評価されず非難されるケース。奉仕や善行など愛の業を行う時の心構えを学びたい。

T.愛の業は誰が評価するのか
 マリヤがナルドの香油(300日分の労賃-300万円相当)(5)を主に献げた愛の業に対してユダがもっと貧し人のために遣い道があり「無駄だ」(マタイ26:8)とさえ非難した。しかし本当のところは会計のお金を盗んでおり、あとで自分に預けてくれれば、使い込みの穴埋めにできるという偽善的な非難であった。しかし主はマリヤの愛の業を暖かく高く評価された(7)
 【適用】自分の愛の業は不十分かもしれないし非難されるかもしれない。しかしあなたの愛の業を神が最終的に高く評価して下さる。最終的に評価される方は人ではなく神である。神が評価して下さるならそれで十分。
 「神は…聖徒たちに示したあの愛をお忘れにならない」(ヘブル6:10)

U.愛の業の動機は何か
 一般的に、愛の業の動機は誰かが困っているから助けようとする人間愛が動機の場合が多いが、マリヤの場合は違った。
キリストはマリヤの行為を「私の葬りの日のために取っておいてくれた」(7)
 と言われた。→一般的な葬りなら没薬だが、高価なナルド香油の注ぎは、主の十字架の死が人間の罪からの救いのためである事を知っての感謝から生まれた。マリヤの愛の業はこの十字架の恵に対する深い感謝から生まれた
 【適用】人間愛だけの動機で愛の業をするのは、喜ばれる間は良いが、感謝されないと続かなくなる。奉仕を含めた愛の業は、神への感謝、キリストによる十字架の救いへの感謝から生まれるべきである。ところであなたは十字架に対する感謝を失っていないだろうか?

V.愛の業の原動力はどこから来るのか
 マリヤの愛の業は、主の十字架の意味を深く知っていた故の行為であったが、彼女のこの洞察は十二弟子達でさえ主の十字架の意味を悟り得なかった事を思うと、その洞察の深さに驚く。その洞察は天性のものではなく、主の膝元に座って主の御言葉を聞く態度から生まれた(ルカ10:39)
 【適用】日々に御言葉に養われよう。御言葉を読むのと御言葉に聞く事の違いを知ろう→聞く姿勢は神への従順を生み出す。 
posted by kbcc at 23:17 | TrackBack(0) | 礼拝
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