2020年04月04日

2020年4月5日礼拝メッセージ「父よ、彼らをお赦しください」ルカ23章32〜34節


【序】今日は受難週の日曜日である。受難とはキリストが十字架にかかられたことを意味するが、残念ながら十字架の本当の意味を知っている人は少ない。実はキリストが十字架の上で最初に祈られた祈りが今日共に味わいたい御言葉である。ここにキリスト教の本質、真髄が示されている。

T.キリストの本質が分かるー「父よ」
 キリストが神を「父よ」と呼んだことが裁判で死刑判決を受けた理由である。と同時に、この告白こそがキリスト教の本質である。キリストは十字架の苦しみの中でも、反対者がいても、神との関係は常に「父」と「子」であった。
【適用】聖書を読むとき、一つの大切な質問は、「キリストは単なる宗教の開祖なのか、それとも神の御子なのか?」であり、これに聖書読者は答えを出さねばならない。

U.キリストの十字架の意味が分かるー「彼らをお赦しください」
 十字架はユダが裏切ったからとか、祭司や律法学者たちが嘘の証言をしたから、キリストが十字架に付けられたのだというのは表面的理由である。真実はキリストが「わたしが人々に代わって死後にある裁きを受けますから、どうぞ彼らを赦してやってください」というのが十字架の意味なのである。
【適用】一人の罪でさえ自分が真実に向き合うならどんなに重い事か!
並外れた営業成績を修めたトップセールスウーマンの話…3歳の頃、囲炉裏の中に落ちて頭皮を大火傷し、1/3の毛が生えず、以来かつらをかぶっていたが、成功に満ちた社会人生を終える頃、友人の2歳上の姉から連絡が入り「あなたにどうしても打ち明けたい事があるが、今、末期の癌でそちらに行けない、悪いけど来て頂けないか?」とのこと。それで出かけて話を聞いてみると「実はあなたの火傷はあなたが囲炉裏の中に落ちたからではなく、私が落とした所為なのです。ごめんなさい」と涙ながらの謝罪告白…。
たった一人でも罪の重さは計り知れないとしたら、キリストが全人類の罪を負われたとは、いかに深く、重いものであったか!

V.キリストの十字架は人生の矛盾に悩む人の慰めである
世界には矛盾が満ちている。なぜ無実な人が殺されるのか、なぜ悪人が裁かれないのか?なぜコロナ感染が蔓延するのか?…苦悩の中を歩む人にとって、単
に道徳は机上の空論だ。これに対し神の御子の苦しみをもって答えておられる。
【証】ある幼稚園が火事になった。園長は火の中に入り火傷を負いながらも真っ黒になって救出活動に励んだが、それでも数人の犠牲者が出てしまった。後日、保護者が園長の責任だと責め立てた。園長はただ申し訳ありません。精一杯のことはさせていただきますと謝罪したが、人々の心は収まらなかった。そんな時、保護者の一人が言った「もう園長先生を責めるのはやめましょ。先生は火傷までして必死に救出されたのです。それに先生もご自分の息子さんを失くされたのです」すると一人一人黙って帰っていった。キリストには十字架にかかる責任はなかったのに敢えて負って下さった。ここに罪のないお方が罪人として裁かれる矛盾がある。ここにこそ矛盾を体験する人への慰めがある。
ジョイジョイクラブ(教会学校)の動画はこちらです。

posted by kbcc at 11:54 | TrackBack(0) | 礼拝
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