2020年04月12日

2020年4月12日 礼拝メッセージ「復活のキリストに捕えられた人」使徒の働き9章1節から6節 

週報

【序】イースターおめでとうございます。こんなコロナ感染被害甚大の時、おめでとうは不謹慎だと批判されるかもしれないが、それでもこの祝は言わねばならない。何故ならコロナ感染を恐れるのもその延長線上の死を恐れるからであって、その死を打ち破ったキリストの復活は人類にとって実に素晴らしい希望だからだ。しかし何が信じられないと言って死人の復活ほど信じられないものはない。今日は復活のキリストに出会って変えられたサウロからのメッセージ。


T.キリストは死んだ後、復活された主である

 実はサウロという人物は初めからクリスチャンではなくその正反対!反対どころか、信者と名が付けば男でも女でも老人でも子供でも役所から逮捕状をもらい殺しにかかる人物。復活を信じる彼らが赦せなかったからだった。そんな彼がダマスコの町に信者がいると聞いて憤り、道を進めていた。ところが町に入る手前で突然強い光に打たれ地に倒れてしまう。その時、天から声がした「サウロ、サウロなぜわたしを迫害するのか」「あなたはどなたですか」「わたしはあなたが迫害しているイエスです」(45)この言葉は大ショックであった。サウロの様な信念に生きる人は自分が正しいと思えばこそ信者を殺す事さえ辞さなかったのだが、キリストは十字架で死んで終わりではなく復活していた、あの無力な信者が言っていた事は本当だった、間違っていたのは自分だったと悟った時、生きる力を失うほどのショック!それほどキリストの復活の事実に打たれたのである。このキリストの復活により人類の希望が始まった。死後の世界はある。→キリストは言われた「わたしは甦りです。命です、わたしを信じる者は死んでも生きるのです」(ヨハネ11:25)


U.キリストは信者の苦難を受けておられる主である

 「わたしはあなたが迫害しているイエスである」(5)

 驚く言葉である。サウロの迫害は信者に対する迫害だったが、それをキリストが受けておられるということをこの言葉は意味する。

【適用】信者は苦しみを自分一人で負っていると思いがちだが、そうではなくキリストが負っておられるという事だ。信者が負っているのは耐えられる分の成長のための苦しみであり、耐えられない分はキリストが負って下さっている。

【証】星野富弘さんの闘病中膀胱がパンパンに腫れた時、母親がした事…苦しみを共にするのは愛の故(次頁参照)


V.キリストは何もかも清めて用いて下さる主である 

「立ち上がって町に入りなさい、そうすれば…しなければならない事がつげられる」(6)

信者を大迫害してきたサウロであるが、その彼が誤解していた信念を変え、熱意を伝道の力と変え、全てを清めて後の人生を祝福される。あなたをどこまでも用いて下さる主なのだ。ルカ22:32(ペテロの失敗さえ用いられる主!)

星野富弘さんの母の愛

星野富弘さんは首から下、完全に麻痺して動けないし意識もない。なので膀胱に尿が溜まっても意識がない。通常は尿道にカテーテルを通して尿を出す処置を看護師がしてくれるのだが、もし放置されると膀胱が詰まりパンパンに腫れる。その後、全身汗が噴き出す。更に放置すると心臓がバクバクになり呼吸困難になる。それで看護師はそれがないように看てくれるのだが、看護師がいない時にその状態になったことがあった。すると突然母親がそのカテーテルを口にくわえ、吸ったりはいたりしながら尿を出していく。下手したら尿が口に入ってしまう事になる。そのことを承知で母はしてくれたという。

星野さんは「お母ちゃんは命の恩人だ」とつくづく思ったとのこと。愛は苦しみを無視せず共に担うものである。

キリストが「わたしを迫害するのか」との問いかけは、まさに信者の苦しみを共に担おうとする愛の表れである。

posted by kbcc at 08:00 | TrackBack(0) | 礼拝
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