2020年04月19日

2020年4月19日礼拝メッセージ「危機管理の知恵」ヨハネ18章1から11節

音声で聴く

序】現在、コロナ感染で政治家や医療関係者は危機管理の知恵が必要とされている。又私達も様々な危機が迫ってくる。健康や家庭の危機、仕事上の危機…。キリスはこの場面で重大な危機に直面しておられた。弟子ユダによる裏切り。千人もの兵による逮捕。その後の不当な裁判。言葉に言い尽くしがたい壮絶な十字架刑の苦しみ…キリストの危機の時の対処の知恵から学ぼう。


1.霊的良い習慣を崩さない

キリストは危機を知った上でゲッセマネの園に入られた1そこは聖画にもある祈りの場であった。しかもルカ22:39,40によれば「いつものように」とあり、キリストは危機の時にも祈りの姿勢を崩されなかった。

 【適用】危機の時は慌てふためき大事な事をおろそかにしやすいが、静まって祈ることは力の源である。

「立ち帰って静にすればあなたがたは救われ、落ち着いて信頼すればあなたがたは力を得る」(イザヤ30:15 静まる事を憶えよう!


2.愛する者を危機に巻き込まない

弟子には裏切られる事を承知で、主はご自分の危機に彼らを巻き込まなかった。

「もし私を捜しているならこの人達をこのままで去らせなさい」(8)

【人との比較】

〇コロナリスクのこの時に警察上司が部下を連れて飲み会をし感染し嘘までついていたとか…。コロナリスクだけではなく、他人を巻き込んで危機に陥れることがある。巻き込むことは避けねばならない。

〇「心のチキンスープ」の話…裏切る事の辛さ(次頁参照)


3.使命を果たす

 「父が私に下さった杯をどうして飲まずにいられよう」(11)

  危機の時、様々な逃げの道が頭をよぎる。しかし逃げても追いつかれる。最も確かな道は御心にかなった使命を果たすこと。

でも中に何か良いものがあると思ってキャベツを剥き始め全部剥いて芯しかないと怒り出すが、人間も使命を感じない事をしていると力を失う。しかし元々人間は困難な時に使命を果たせる程強くない。

ポール・トウルニエ(心理学者。大統領やオリンピック選手、ノーベル受賞者等延べ4千人を看たクリスチャンカウンセラー)…著『強い人と弱い人』強い人とは自分の弱さを見透かされないように強がって見せる弱い人。弱い人とは強い人が演技で強そうに見せているのを見分けられず自分はダメだと嘆く弱い人。全てが弱いのだが、それでも弱い人が使命を果たしえる時がある。それは正しい使命と愛されている自覚。

 【証】故西尾啓子姉の胆管癌に対する受け取り方(次頁参照)


「心のチキンスープ」ー父の思いーより

ジェイソン・ボカーロという車大好きな16才の男の子がいた。運転免許を取り車を運転したくて仕方がない。優しい父親は息子に言った「お父さんは30km先の所に用事で出かけるが、4時になったら車を運転して迎えに来てくれないか?ただその近くに車の修理工場があり、すでに電話で1時間ほどの修理を頼んでいるので、それを終えてから来てほしい」「うん、わかった。お父さんありがとう

(お父さんは僕の願いを知ってさりげなく運転させてくれるんだ、嬉しいな)」ジェイソンは早めに家を出て修理工場に着き修理を頼んで時計を見ると、まだ4時にはたっぷり時間がある。それでジェイソンは好きな映画を見て時間を過ごすことにした。映画は面白く時間が経つのも忘れる程だった。映画館を出て、時計を見ると6時だった。「しまった2時間も遅れた」父の所に急いで車を走らせると父は外で待っていた。「どうしたんだ?」「お父さん、修理工場で見てもらったら幾つも修理があって、こんな時間になったんだ」「…嘘だろ?お父さんが工場に電話したら、修理はずっと前に終わっているのに息子さんは取りに来ない、と言ってたぞ!嘘だろ?…」「…」「お父さんは今非常に腹立たしい。お前が自慢の息子でお父さんとお前の間には嘘のない信頼関係が築かれていると思っていたが裏切られて腹立たしい。お父さんは頭を冷やすのに時間がかかるから、歩いて帰る。」「30kmもあるんだよ」「いいんだ。」ジェイソンは「お父さんご免。車に乗ってよ」「いいんだ」ジェイソンは時速6kmで涙を流しながらお父さんの後を車でついて帰った」

ジェイソンは父と同じ年になってこのことを回想し、愛を裏切る事ほどひどいことはないのだと思い知らされた。

キリストは愛する弟子たちには裏切られたが、弟子たちを危険に巻き込まれることはなかった。その大きな愛!


【証】故西尾啓子姉の胆管癌に対する受け取り方   

4年前の529日に召天された西尾さんはその前の10月に挨拶に来られ、自ら

胆管癌でレベル4である事を言われた。やがて入院し何度かお見舞いに行ったが、

病状は厳しいものであった。お好きな讃美歌を家内が歌い涙する良い交わりの中、

私は思い切って尋ねた「今まで信仰者として歩んでこられましたが最後になって

重い病、辛いですね」するとこう言われた「先生、私は今までも先生に導かれ神

様に救いをいただいて本当に感謝しているのです。それで私の人生で私が受けな

ければならないものは恵みでも病でもちゃんと十字架として受け止めたいので

す」と。愛と恵みを感じる時、重い使命も負えるのだ。


posted by kbcc at 08:00 | TrackBack(0) | 礼拝
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