2020年05月08日

2020年5月10日 礼拝メッセージ「最高の出会いを逃した人」ヨハネ19章1節− 16節 説教 中西正夫牧師




【序】あの人に出会ったお陰で今日の祝福があるという嬉しい出会いをしたいものだが、その中で最高の出会いとはあなたの命の創造者である神との出会いだ。救い主キリストとの出会いでもある。皆さんの中には自分の人生はダメだったと思う方もおられるかもしれないが、キリストとの出会いでキリストを受け入れる事ができたならそれだけで最高の人生である。なぜなら永遠の問題が解決しているからだ…今日出てくるピラトは古代の文献にも出てくる人物でAD26-36ローマ総督としてエルサレムで勤めたがキリストを裁判するという運命の出会いを経験する。それは彼の人生を左右する出会いであった。


T.ピラトがキリストについて感じたことは何か

1.高潔な人格と静かな権威に恐れさえ感じた

ピラトは今まで全ての囚人が死の前には命乞いをし、泣きわめき、当たり散らすのを見てきたが、全く異なる高潔な人格と静かな権威に恐れを感じた。(7,8

2.罪がない事が明確に分かった。二度までも宣言している(4,6)

それでピラトは真理について求道心さえ見せ(18:38)キリストを釈放しようと努力したが(12)、結局民衆に引き渡してしまった。(16


U.なぜピラトはキリストを民衆に引き渡したか 

「この人を釈放するなら、あなたはカエサル(ローマ皇帝)の友ではありません…カエサルに背いています」(12この言葉を聞いた時、ピラトはキリストを十字架に付ける判決を下す(16)。彼はローマ帝国での出世のために良心を無視しキリストを十字架に付けたのだ。ではピラトは出世をしたのか?歴史は語る→歴史家ヨセフスの『ユダヤ古代史』には「ピラトは3年後、ローマに召還されたがゴール地方(現在の仏国)に流刑され、そこで自殺した」とある。出世第一と考えたピラトの結末は出世にも見捨てられ哀れな結末だった。


V.ピラトから学ぶものは何か

「何を人生の第一にするか」という問いである。というのは私達は「やれ出世だ、成功

だ、お金だ」という生き方をしている。そこに人生の価値があると思うからである。

しかし果たしてそうなのか?

【証】日本で最初の児童精神科のクリスチャンドクター佐々木正美氏講演…

ある母親からの質問「子供が心の健康を保ち、スクスクと成長するのに親として何を子供に与えればいいですか?」それに対して氏は「根拠のない自信をもって生きる事を教えてほしい」?意味不明だが、逆で説明すると、私たちは自信の根拠をつけようとする。例えば、成績一番になると自信ができる、足が一番早いと自信ができる、歌が一番上手いと自信ができる…皆、自信を持つには根拠があり、それを目指す訳だ。しかしこの生き方は、上には上があって絶えず緊張といつ振り落とされるかという不安で生きねばならない。そしてこの自信は、いつか挫折すれば大変な悲劇になる。しかし、一番でなくても私の価値は変わらない。出世しなくても自信をもって生きれる、そういう根拠がなくても自信を持てれば心楽に生きれる。その秘訣は創造者である神との出会いで決まる→「わたしの目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」(イザヤ434)と言って下さる愛のお方を知る事だ。根拠はなくても存在そのもので価値がある。神には「あの人間、造って失敗した」とか「この人間を造って、しまった!」はないのだ。皆「非常に良かった」(創世記131)なのだ。

あなたも根拠のない自信をもって生きるためにキリストとの出会いを逃さない事だ!

posted by kbcc at 11:31 | TrackBack(0) | 礼拝
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/187465094

この記事へのトラックバック