2020年07月19日

2020年7月19日 礼拝メッセージ「トラウマの解決」ヨハネ21章15節から17節



ヨハネ21:15−17       「トラウマの解決」      20/7.12

【序】ノーベル賞作家パールバックの夢は結婚して多くの子供に囲まれる事だったが、生まれたのは一人だけで、しかもその子は重い知的障害だった。時間が止まってしまった様なトラウマが彼女の人生を支配した。後に心癒され彼女は実に温かいまなざしで作品「大地」の中で障害者を作品に登場させている…誰でも過去に失意経験があるだろう。「あれさえなければ…」と悔やむ。世では「覆水盆に返らず」と諦めるしかない。今日は心の傷に悩むペテロをキリストがトラウマを癒し立ち上がらせるところ。私達も併せて励ましを得たい。


T.ぺテロのトラウマは何だったのか

 ペテロはキリストの一番弟子でありながら肝心なところで、自分の身の安全のために「キリストを知らない、関係ない」と言ってしまった。裏切りである!かつて「どんなことがってもあなたに従います」と言っていただけにペテロの挫折感は大きい。それを思うと、申し訳なさと自信喪失とが重なって大きなトラウマになっていた。トラウマはただ過去の傷にとどまらない。一番の問題は、何をしても引っかかって次の一歩が歩めない事だ。


U.キリストはペテロのトラウマをどう解決されたか

ペテロは大失敗をしたので仕事を取り上げられると思っていただろうが、キリストは彼の裏切を超えて、祝福された未来の使命を示された。トラウマの解決には過去の原因をほじくって分析しても傷が深まるだけでダメである。最も良い事は祝福された確実な未来を示されることである。:ヨセフも兄から虐待を受け、奴隷として売り飛ばされるトラウマを持っていたが、神によるエジプトでの祝福計画を知りトラウマは解決した。

【例】昔使われた言葉で死後の言葉がある、タイプライター。アベック→カップル→「リア充」(この世代にとっては「アベック」は死語である)天国という確実な未来の世界がある。そこでは、「悲しみ」「苦しみ」「病」は死語である。この地上の艱難で右往左往しても祝福された未来に必ず到着するなら耐えて行けるではないか!


V.使命を果たす原動力の確認

ペテロは以前「死であれ覚悟はできている」(ルカ22:33)と自信満々だったが、失敗した。人間的な情熱や自力でキリストに従おうとしたが挫折したのだ。自力だけではいつかつぶれる。そこでキリストはペテロのみならず全ての人が持つべき心構えを教えられた→「あなたはわたしを愛しますか」(15,16,17)仕事や奉仕や愛の業に必要な原動力は、神への感謝と愛なのだ。自分の熱心や相手の必要性を知るだけではつぶれる「○○さんが困っているから、△△さんを喜ばせたいから…」というのも、もし悪い反応なら行う力を失う。大切なのは人ではなく主に対してなすべきだ→「何事も人に対してではなく主に対するようにしなさい」(コロサイ3:23

【証】奉仕の在り方を学んだある教会の証…(次ページ参照)

愛知県のある教会での話

その教会で日曜日夜の伝道会のために、案内を夕方出かけることになったが、寒い北風もある中で、青年会がマイクを持って出かけることになった。町を練り回って教会に戻ってきた。紅茶くらい用意されているかと思ったが、無かったので「寒い冬の日に我々が出かけたので、紅茶くらい用意して待っていてほしいです」と文句を言った。すると、壮年の人が「そんな気持ちで奉仕をするならやめた方が良い」と言われてしまった。そして集会が始まった。青年は腹の虫がおさまらない感じだった。集会後、牧師は青年の数名に「明日会社の帰りにでも寄ってくれますか?」「はい」月曜日、数名の青年が牧師館に行ったところ紅茶とケーキが用意されていた。牧師は「昨日はご苦労様でした、これは報われてしまったケーキですが召しあがってください」「は?報われてしまったケーキとは何ですか」「実はある方のお世話をしたらお礼にと、このケーキをいただいたので。その時青年の一人が「わかりました。報いは神様からだけでい

いんですね」と。

posted by kbcc at 12:04 | TrackBack(0) | 礼拝
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