2019年01月28日

2019年1月27日礼拝メッセージ 「人生の大魚」ルカ5章1-11節音声で聴く。

ルカ5:1−11          「人生の大漁」               19/1.27

【序】今年2019年は人類が初めて月面着陸してから50年目を迎える年。二年後、地球からある書物が月面に置かれた。16か国語で書かれた4500ページに及ぶ1冊の聖書!聖書は地球から他の天体に送られた最初の本なのだ。地球上で最も人類に深い影響を与えた書物だからだろう。聖書はキリストを証する書物。キリストは神の御子であり、人間に救いをもたらし人生を作り変えるお方なのだ。今日はそのキリストにペテロが出会って救われ変えられる話。


1.ペテロの人柄

 ペテロは今でこそペテロ寺院なんて有るくらい有名だが当初は違った。

  @5:1,2―群衆が押し迫る程キリストの説教に集まるのに、聞かず網を洗い繕う。

A4:38―姑の病気の時、ペテロでなく人々がキリストに癒しを頼む。

      ーペテロは、病気は祈れば直るなど根っから信じず、神よりも仕事、信仰よりも魚一匹取る方が大事という考えー

  

2.その彼がどうしてキリストを信じ、弟子になったか?

 @挫折経験(5)

  自分の最も知り生きている世界で、徹夜までしたのに成果がなかった!

  漁師にとって釣果がないというのは、サラリーマンと違い死活問題である。先行き不安が募る、また自信喪失…だが挫折経験は聖書的に見れば大きな祝福のチャンス。力には二種類ある。生来の力と神の力。挫折は自分の知識や経験が通用しない生来の力の限界で、霊的に言えば新しい次元の知識や力への招きの時なのだ。

 A大漁経験(6)

  キリストの言葉通りにして自分が今まで得た大漁を遙かに凌ぐ魚が沢山取れた事は、長い間漁師をしていた彼には考えられない事であり、人知を遙かに超えた事!

  その時、今まで自分の力で何でもできると意地を張っていた生活が、いかに小さく、愚かであるかが解り、キリストの力の偉大さを知った。(5,6)

【証】村田若狭守(徳川幕府安政年間の軍指令官。プロテスタントで二番目に受洗した武士)

「これまで私は、このような人物を見た事も、聞いた事も、想像した事もありません。驚嘆のあまり私の心は、彼の品性と事業にすっかり虜になりました」


3.祝福をもたらすものは何か?

  それは「その通りにすると」(6)ということであった。

 ペテロは半信半疑であっただろう、いや90%期待してなかったと思う。でも従った!その時、奇跡のような大漁を経験した!

【適用】聖書の世界は唯「いいお話」を聞いているだけでは何も起こらない。キリストが言われるから、もう一度心を決めて、一歩踏み出してみよう、もう一回やってみようという気持ちになって従うことが大切である。その時新しい何かが起こる!  今失意を引きずっておられるあなたに、もう一度そう言われるのではないか!

【証】がむしゃらビジネスマンの溝口さんのキリストとの出会い…

posted by kbcc at 17:51| 礼拝

2019年01月21日

2019年1月20日礼拝メッセージ 「前進をためらう時」ルカ22章39-46節音声で聴く。

ルカ22:39−46         「前進をためらう時」       19/1.20

【序】世の中にはどうしても前進させなければならない事がある。しかし時に躊躇い逃げたいと思うこともある。そんな時、今日の聖書は私たちに導きを与えてくれる。

キリストは私達人間の罪と死からの救いを成し遂げる為に金曜日に十字架につけられる事になっていた。しかしそれを敢然と立ち向かう姿とは違ってこの箇所は極めて人間的側面が出ている場面である。それだけ私達に親近感が湧く場面であり、学ぶ事が多い。では前進するに当たっての知恵とは何か?


T.いつものように生きる事

いつものようにオリーブ山に行かれた」(39)これはいつもの「祈りの時」を変わらずもたれたという事である。弟子達が裏切る事を承知だったが…。

【適用】前進する確信がない時、焦って不安なまま前進してはいけない。また取って付けた事をするのではなくいつもの日常を行う事である。慌てず騒がず、毎日している良き事を続けることだ。→「立ち帰って静にすれば救われ、落ちついって信頼すれば力を得る」(イザヤ30:15


U.ゲッセマネに行く事

「ゲッセマネ」とは=苦難の時の神への祈りの事。大きな事には神の御心を確かめることが何より確かな道である。その時に心掛ける点は:

@素直に自分の気持ちを神に伝えること

  「父よ。御心ならば、この杯をわたしから取りのけてください」(42a)

  「この杯」父なる神から託された人類の救いの為に十字架に架かる事。死が怖いという事ではない。罪のないお方が受ける必要のない呪いの十字架に架かる不条理、想像を絶する過酷な苦しみの壮絶さ、父なる神との交わりが断絶する悲しさ、人々の救いの為の十字架の身代わりなのにそれを受け入れない人間の罪の身勝手さ、その一つ一つが主にこの様に祈らせたのであろう。

   【適用】私たちも人には言えない自分の生の願いを率直に神に訴えて良いのだ。

 A心から従順に「飲むべきもの」として受け取れるように祈ること

  「しかし、御心の通りにしてください」(42b)

   キリストは祈る前から、それが神の御心であることを知り「この杯」を飲む気でおられたが、唯それを「父の命令だから仕方ない」という義務感ではなく、本当に心から従順に飲めるように心備えをされたのである。

【証】あなたの良き業を、義務で動くか、心から動くか、Sビジネスマンの証


V.励ましを受けること

  弟子達は当てにならないかもしれないが、キリストを「力づける」存在があった。

 「すると御使いが天からイエスに現れて、イエスを力づけた」(43)

  【適用】前進をするためには、励ましが必要であり、神はそうしてくださる。皆さんの中には励ます側に回っている人が多いかもしれない。そういう方は自分が励まされるところに身を置くことも大切である。意外な人が助けになる。

posted by kbcc at 10:04| 礼拝

2019年01月18日

2019年1月13日礼拝メッセージ 「挫折から立ち直らせるもの」ルカ22章31-34節音声で聴く。

ルカ22:31−34      「挫折から立ち直らせるもの」       19.1.13

【序】挫折は嫌なものだが、面白い事に挫折の効用を語る人がいる。

〇安藤忠雄氏(建築士、万博日本館、最終学歴工業高校卒だが東大とハーバート大教授)

「僕は大学の専門教育を受けないまま建築の設計に飛び込んだ。設計しながら常に専門教育を受けていないハンディキャップがあったが、一方そういう苦労がない人というのは粘りがない。スーッとストレートで一流大学や一流企業に入っていくと、ストレートにはいかない人生の逆境に弱いのである」

○渡邊和子(元ノートルダム清心女子大学名誉学長)

「第一志望が叶えばおめでたい事。しかし挫折も人生で非常に大切。その時はそれなりにしっかり苦しめばよい。只それに打ちのめされずに、それだけが唯一の自分を生かす道でないのを知るゆとりがほしい」

キリストの弟子でリーダー格のペテロがキリストを裏切る挫折を経験する。しかしそんなペテロを立て直すキリストがおられる。今日の聖書から誰にもある挫折から立ち直らせる三つの知るべきカギについて語りたい。


T.自己認識は当てにならない事を知る

 キリストからペテロがサタンの誘惑に負けてキリストを裏切る挫折を経験する事を言われたが、ペテロは牢であろうと死であろうと覚悟はできています」(33)と答えた。ペテロは自分がキリストを裏切って否定してしまうなど思わなかったのだ。自分は大丈夫という自信があったのだが、その自己認識は間違っていた。

 【適用】私達は「自分の事は自分が一番知っている、とやかく言われる必要はない」というが、実際は自分の事を自分は知らないのだ。パウロは「自分のしていることが分かりません。私は自分でしたいと思う事をしているのではなく自分が憎むことを行っている」(ローマ7:15)と語っているが、その通りではないか!実際一番私の事を知っておられるのは神なのだ。当てにならない自分に頼らず謙虚に神の言葉に頼る事だ。


U.どんなに落ち込んでも見捨てない愛が注がれている事を知る

弟子グループに属している者にとって、してはいけない最大の事は救い主であるキリストを裏切る事である。普通、裏切られた者は裏切った者を憎んでも悪いと言われることではない筈である。しかし裏切られるキリストは裏切るペテロのために将来を案じて「わたしはなたの信仰が無くならないようにあなたのために祈りました」(32)というとてつもない大きな愛を持っておられる。正にキリストは神の御子である印であり、また私達がどんなにどん底に落ち込んでも、それが罪の所為であるとしてもあなたを見捨てず愛をもって祈って支えて下さっているキリストがおられる事を知ろう!


V.罪の挫折でさえ兄弟への励まし材料となる事を知る

自分の無様な裏切という挫折ではあるが、キリストはその挫折経験でさえ兄姉を励ます材料にするという計画を持っていてくださる。

「立ち直ったら兄弟たちを力づけてあげなさい」(32b)

罪も弱さも兄弟姉妹を励ますものに用いられるとは何という感謝なご配慮か!

posted by kbcc at 12:03| 礼拝