2019年01月09日

2019年1月6日礼拝メッセージ 「悪に対処する」ルカ22章1-13節音声で聴く。

ルカ22:1−13        「悪に対処する」           19/1.6【序】諺に「男は外に出ると七人の敵がある」と言うが、現代では女性も社会進出するので全ての人が悪意に悩まされたり、時に酷い仕打ちに直面することも現実である。そんな時、どう対処したらいいのか心弱ってしまうことがある。キリストに学びたい。


T.人間の悪

 1.祭司長、律法学者の悪ーキリスト殺害計画(2)

  殺害計画の理由は自分の立場、人気がなくなる事を恐れる故。

 人間は悪を憎む場合もあるが、正しい者を妬み憎む面もある。

【例】掃除をさぼろうとする仲間に「僕は掃除する」という男は疎ましい…アベルを殺したカインも妬みから!

※指導者たちの悪もどこかでストップするどころか「方法を探していた」(2)とあるくらいに、人間には悪を突っ走る弱さがある。

  2.ユダの悪ーキリストへの裏切り(3,4)

    ユダは弟子団の会計をしていたが、お金を盗んでいた(ヨハネ12:6)最初は小さな使い込み→小さいことから大それた事!(そこに「サタンが入った」3節!)

 ※大それた悪もいきなり大きな悪が始まるのではない。小さい事から始まるのだ。


U.人の悪に対するキリストの態度から学ぶこと

1.相手の態度に悪乗りしない

 キリストは祭司長達やユダに言い返したり責めたりされなかった。根本的に悪を働くのはキリストの側に原因があるからではなく、彼らの中に妬みや問題の根がある→「悪をなす者に対して腹を立てるな。不正を行う者に対してねたみを起こすな。彼らは草のように忽ちしおれ青草の様に枯れるのだ0(詩篇37:1)

→放っとけ、放っとけ!神の手に委ねよ!ということだ。

2.なすべき日常の勤めを続けなさい

  キリストはユダの裏切りも律法学者の殺害計画も知っておられた。しかし知った上で、ユダヤの慣習にしたがって「過ぎ越しの祭」を行われた。(8)

   【適用】あなたも良き業を始めたが、思わぬ妨害で前に行けない、逃げ出したい? しかし、ひるまずその日に成すべき事を行うよう励む事だ→「善を行うのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て刈り取る事になります」(ガラテヤ6:9

3.悪もまた神の御業の道具でしかない

  キリストの使命は十字架に掛かり人類の罪の身代わりの裁きを受け人間に救いの

道を開くという事だ。祭司長達の悪巧みもユダの裏切りも、その使命を果たすた

めに用いられる道具でしかない。その視点に立てば、悪もまた私たちに人間とし

ての成長をもたらす道具でしかないのだという事だ。その視点が大事である。

   【証】堀越師の四日市での開拓伝道における幼稚園事業に神社による反対活動が起こったが、御言葉「雀一羽

さえ主の許しなく落ちない…」この視点に立った時、反対署名活動も忍耐を学ぶレッスンだと大胆に受け

止めて進める事ができた、すると不思議に幼稚園を建設でき、キリスト教幼児教育を可能にした。

posted by kbcc at 21:16| 礼拝

2019年01月08日

2019年1月1日礼拝メッセージ「競走は足の速い人のものではなく」伝道者の書9章1節音声で聴く。

伝道者の書9:11   「競争は足の速い人のものではなく」    19元旦礼拝【序】明けましておめでとうございます…新年スタートをとても励みになる御言葉を聞いて始めたい。


T.その御言葉とは?

 「競争は足の速い人のものではなく、戦いは勇士のものではなく、またパンは知恵ある人のものではなく、また富は悟りのある人のものではなく、愛顧は知識のある人のものではないことが分かった。すべてのひとがときときかいにであうからだ」(9:11)

競争社会で生きている私たちは足が速い人が競争に勝つと思っているし、戦いは勇士が勝ち、食の糧は知恵のある人が多く得るし、冨み栄は賢い人が得、人の好意は知識のある人が得ると考えるが、聖書はそうではないというのだ。

【実際】小学生の成績順で成功するのではないだろうし、ロンドン世界陸上で百メートルで第一人者のボルトが勝つと思ったが3位だった。リレーではメダルにも届かなかった→競争は足の速い人のものではないのは本当だ。


U.では何が人生レースに勝ちを得させるのか?

「すべての人が時と機会に出会うからだ」

 この意味は、神を信じて従う人生を生きるなら、不思議な「時」に導かれ、その「時」が恵みの「機会」となって祝福を受ける、という意味だ。例を挙げよう。

 【例証】ルツ記のナオミとルツに見る神の「時」と「機会」…

  ユダヤで飢饉になり、ナオミは夫と二人の息子と共に隣国モアブに難を逃れる。しかしそこで夫が死ぬ。二人の息子はモアブの女性と結婚し10年経った頃、二人の息子も死んでしまう。ナオミに息子の嫁だけが残った。やがて飢饉も終わり国に帰ろうと決心するが嫁を連れて帰るのは忍びない。そこで嫁たちに自分の親元に帰りなさいと勧める。弟息子の嫁は泣く泣く帰るが、兄息子の嫁ルツはこう言う「あなたを捨てるようなことはさせないでください。あなたの行かれる所に私も行きます。あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です」(けなげさに泣ける話)

ルツは神に従う決心をし、姑ナオミを見捨てない決心をしたのだ。ナオミは嫁ルツと国に戻るが、極貧の生活。しかし時あたかも大麦の収穫時!ルツはナオミに言う「今大麦の刈り入れ時、落穂拾いに行かせて下さい」―ユダヤでは貧しい人の為に収穫時に、刈り残したものを拾ってよいという教えがあったーそれにはいじめもあったのだがルツは決心する。そして出かけたところ、辿り着いた畑が立派で親切なボアズの畑。やがて結婚する相手。この事を聖書は「はからずも」ボアズの畑であった」と表現する。神に従う道には不思議な「はからずも」の恵みを得るのだ

【証】「時と機会」に関する「はからずも」経験の証…

  ・交通事故と父の倒産と言う「時」が「はからずも」救いと献身の「機会」になった

神学生一年生時、それしかない千円札を献金した「時」が「はからずも」3千円を得た「機会」

神学生4年生時、母教会で奉仕、高校生会担当アシスタントが歌の上手い立脇さん、3年後妻になっていた。

・神学校卒業しある教会での採用が決まっていた時、「新田を耕せ」の御言葉を読み思い巡らす中、はからずも」S師が拙宅を尋ね「金剛開拓のために祈ってもれあえませんか」

【結び】能力がないとかお金がないとか思う負け犬根性を捨てて、神を信じ神に従う決心を強くしようではないか!→不思議な「時」から恵みの「機会」へと導かれる!

posted by kbcc at 13:49| 礼拝

2019年01月04日

2018年12月30日礼拝メッセージ 「マリアの感謝」ルカ1章46-55節音声で聴く。

ルカ1:4655      「マリヤの感謝」       18.12.30

【序】ある記事によれば、人は得した時の喜びより、損した時のショックの方が大きく感じられるそうだ。確かに、生来の私たちは、どちらかと言えば、感謝するよりも、不満をもらす方が多いのではないか。今日はキリストの母マリヤから、“感謝”について学びたい。

T.マリヤの状況

マリヤは史上唯一人、「救い主を産む」という栄誉にあずかった女性だ。では、マリヤが感謝したのは、恵まれていた故に当然のことか?そうではない。当時、未婚女性の妊娠は、死刑に処せられる可能性があった。婚約者ヨセフに離れられ、家族や周囲の人々から非難され、厳しい環境で子育てを余儀なくされることも想定できた。しかし、マリヤは主を賛美し、感謝した。なぜ?感謝する人の原則を見よう。

U.マリヤが感謝した理由

@    自分が何者かを知っていたから

マリヤは、自分を「卑しいはしため」といい48、神を「わが救い主」と呼んだ47。ここから、彼女が、自分を聖人どころか「神の前に罪人であり、救われねばならない存在」と自覚していたことがわかる。

【適用】自分が罪人であると本気で分かれば、不満は影を潜め、あらゆることに感謝できるようになる。

A      主の言葉を信じたから

マリヤは「力ある方が、私に大きなことをして下さいました」(49と言い、「主は…イスラエルをお助けになりました」と言った54。事が起こる前から、やがて、それが必ず実現すると信じていたのだ。彼女はこう確信していた。「主は『あなたと共にいる』と約束された。だから、何が起こっても、絶対に大丈夫。」

【適用】聖書には素晴らしい約束が沢山ある。それを掴み、信じるなら、例え悪い状況でも感謝できる。御言葉を掴む時、光が差し込み、心は軽くなる。感謝さえできるようになる。聖句を学び、暗唱しよう。

B      心配事よりも恵みに目を留めたから

マリヤは心配事にではなく、恵みにのみ目を留めた。意図的にそうしたのだ。「偉大な神が、こんな私を顧みられ、尊い使命を与えて下さった」と!―神が私に注目している―。これほどの喜びは他にない!【適用】あなたも例外ではない。76億人の中から、あなたが選ばれ、救われたこと自体がその証拠だ。

マリヤは、主がして下さったことを心に留め、感謝を表す人だった。エリサベツのことも感謝しただろう。【適用】今年、主はあなたに何をして下さったか。恵みを数え、心から感謝しよう!もし、感謝できないというのであれば、主が既にあなたのためにして下さったこと―十字架による救い―を覚え、感謝しよう。



posted by kbcc at 10:56| 礼拝