2017年07月23日

2017年7月23日礼拝メッセージ「全てを益に変えてくださる神」ローマ8:28音声で聴く。

ローマ8:28全てを益に変えてくださる神  

【序】将来に不安を感じている人は多い。又自分の人生を振り返「あれさえなければ良かったのに、失敗だった」と過去のトラウマに嘆くも多い。今日はそういう方への励ましのメッセージ!その根拠「神が全ての事を働かせて益として下さる」(ローマ8:28)という聖書の言葉である全ての事」の中には嬉しい事だけでなく悲・苦しい事有り。それらを働かせて益にしてくださる神がおられるからだ。今日は三つの課題についてその恵みを語りたい。


T未来に関する事―神は絶望の人生希望の未来に変えられる

全く自分の未来に希望を持てないどころか絶望しかなかった女性の証をしたい。

この女性の話は「20世紀最大の奇跡」して語り続けられている。

彼女の父親はアルコール依存症が入ると人が変わったに母親を殴る蹴る。母親は暴力に耐えられず衰弱死。母親が発見された時、両手に3歳の弟と少女であった彼女の手が握られていた。弟は栄養失調で死亡。少女一人が残されたが、父親は見捨てた。身寄りのなかった彼女は孤児院に入居。人へ不信感から口を利か、統合失調症にも罹った。全く絶望の世界。何年も闇の世界であったが、ある、教会から訪問団があり初めてキリストの話を。神の子として多くの人を愛し時に癒す。彼女の心を動かしたのは十字架の祈りだった「父よ彼らを赦し給へ」彼女は思った「なんと崇高な祈りだろう、自分は罪を犯したことがないのに…。それに比べ私の心は恨みで一杯、少しも心が変わらない。この方こそ神の子に違いない」そしてキリストを救い主と受け入れた。憎しみに変え祈りが生まれ聖書に聞く人生が始まった。20歳で孤児院を卒業する、祈りを捧げた「神様、私より悲惨な人生を歩んでいる者のために私をお使いください」やがて導かれた家庭に三重苦の少女ヘレンケラーがいた孤児院で育った彼女こそサリバン先生…。改めて思うのは彼女が経験した絶望がなければどうしてヘレンケラーの絶望を理解し助けることができるだろうか。神は絶望の現実を変えて未来に希望人生に与えられるのだ。


U.過去に関する事―神は過去の傷を癒す

    誰にも過去に何らかの傷がある。人の言葉、態度に傷を受けたり与えてしまったり

しかしここに素晴らしい神がおられる神は過去を変えることができるという事だ。

故水上恵美子姉の義母を受け入れられずプレゼントのランドセルを放り投げ、義母が亡くなられ夢に現れ悩んだ私は伝えた「その人が死んだ後ではその存在の創造者である神に祈るしか赦しの道はない。そして赦される」神は過去の傷を癒し帳消しに変えられるTヨハネ1:9


Vいのちに関する事―神は真の健康を与え死に勝つ永遠の命の下さる

  健康の不安は強烈。健康とは何か?WHOの定義「健康とは単虚弱でないというだけではなく身体的:、精神的、社会的、そして霊的に完全に良好な状態」こんな人いる?→「健康とは自分が立てた目標を遂行できること」(米山公啓「健康という病」)

そして更に聖書の福音によれば死に打ち勝つ永遠の命が与えられるのだ→

これこそ命の根本的解決ではないか→ヨハネ6:39,40! キリストを受け入れませんか?

posted by kbcc at 20:39| 礼拝

2017年07月16日

2017年7月16日礼拝メッセージ「不安を取り除く神」創世記46:27−34音声で聴く。

https://youtu.be/yLdserArJyQ

創世記46:2−34  「不安を取り除く神」     

【序】ある人が「風邪ひきと不安は誰罹る」と言ったが、確かに不安は子供から大人まで死ぬまで悩まされるものだ今日は「不安を取り除く神」とだがエジプト行を決断したヤコブ三つの不安があったと思われる。それに対して神はその不安を取り除く恵みを与えられる。様々な不安に悩まされる私たちの励ましとしたい


T本当に再会できるかという不安

ヤコブの他の息子たちは弟のヨセフと会ったと言うが、かつて息子達にもされてきたヤコブは実際自分の目で見、話しをするまでは不安であった。しかしその不安は一掃される。聖書は感激の再会をこう記している「ヨセフは…父に会うなり父の首に抱きつきその首にすがって泣き続けた」(29)感動の場面であるヤコブはその喜びで「もう死んでも良い」と言う(30)以前「(ヨセフ獣に殺されたと聞き)死んでしまいたい」と言い、今度は生きていると知って「生きて会いたい」と変わり、今は「いつ死んでも良い」と言う。生きるとか死ぬとか、忙しいヤコブである

 【適用】親子の再会は素晴らしいいつかは地上での分かれ時が来る。しかし聖書には永遠に別れのない世界が死後に備えられていることを教えている主人とは地上だけで十分という人よ、安心せよ天国ではこんな素晴らしい人だったかと驚くばかりに変えられている。しかし問題は天国に行けるかである。清い神の前に行けるのはキリストを信じて罪赦されるしかない。あなたもキリストへの信仰で永遠の天国行き切符もって頂きたい。これこそ最大の不安解決である。


U.生活保障されるのかという不安

ヨセフからエジプト人は牧畜業を忌み嫌うと聞かされ(34)そこでの生活不安が生じた。しかしエジプトに着いてパロ王から不安を一掃する言葉を聞き、都会から200qほど離れた牧草地ゴシェンの地に住むようになる(47:6)。住居も得、生活も守られた。案ずる必要はなかった。神は心ゆくばかりの配慮をして下さった

【証】開拓伝道期の経済的不安を取り除かれた証…

明日を煩い易い私たちにキリストはこう教えられたマタイ


V人生が先細りしないかという不安

ヤコブのもう一つの不安は外国の地で自分やヨセフが死んだ後、家族が先細りにらないかという事だった。ヤコブはかつてから「行って良い。そこで大いなる国民とする」(46:3)という祝福の約束得たが、その結果どうだったか。「ヤコブの家族は70人であった」(27)とあるが、その430年後にエジプト脱出の時、ユダヤ人兵士だけでも60万人。全人口→300万人。正に神の言葉に間違いはなかった

【適用】の根源的不安に「自分の人生失敗しないか」という不安がある。成功に関する不安」である

私は牧師になってから多くの人と接してきて成功に関する定義が変わった。立派な人も病にかかる。経済の不安にも陥る。富や地位ではなく、富や貧しさ成功や失敗、健康や病も全てひっくるめて自分自身を文句を言わず受容して生きればそれが成功、立派な人生だという事。パウロも肉体のトゲを持ったまま生きることを余儀なくされたが、自分を受け入れ感謝をもって神の力で生きた。これこそ先細りを超えた人生、成功の人生である。

posted by kbcc at 21:37| 礼拝

2017年07月09日

2017年7月9日 礼拝メッセージ 創世記45:26−46:7「人を元気づけるもの」音声で聴く。

創世記45:2−46:7 「人を元気づけるもの」 17/7.9

【序】星野富弘さんの詩に「辛いという字がある。もう少しで幸せという字になれそうな字である」がある。ヤコブも息子が死んだと思わされて辛い日々を過ごしてきたが、ここにきて耳を疑うような嬉しい話を聞き元気づく。現代は様々な辛い事で元気を失い易い時代である。しかし神はそのような私たちに元気をつけて下さる。この箇所から現代にも通じるところの「人を元気づけてくれるもの」伝えたい


T.希望の情報

 ヤコブは最愛の息子が獣に襲われ死んだと聞かされ既に22年の歳月が経っていた。「生きていれば39才になるものを…」と何度も天を仰ぎ涙にくれた事だろう。しかし驚くべきニュースが飛びこんできた(45:26) 死んだとばかり思わされてきたのに息子が生きていたとは!しかもエジプトで大臣をしているなんて!「死なないうちに会いに行こう」(45:28) 希望の情報人を元気付ける。

【適用】今日、こんな希望の情報は滅多にないかもしれない。むしろ希望の情報よりも失望の情報の方が多いかもしれない。しかし情報には二種類ある。外からの情報上からの情報。外からの情報は私達に飛び込んでくる周りからの情報である。しかしその情報は往々にして希望を奪う情報が多い。しかし情報はもう一つある。上からの情報即ち聖書を通して神から来る情報である。「この希望は失望に終わることがない」(ローマ5:5)1年経ち3年経っても依然変わらない。謎は深まるばかり。闇の中」と嘆く人よ。希望の根拠を神に置け!その人が失意で信じられないのなら回りが信じよう(ロトに対するアブラハムの様に)


U.確かな人生に導く祈り

 気がはやる時は即行動に出てしまうものだが、かつて父達がエジプト行きで失敗してきたことを知っていたヤコブは果たして行って良いのかどうか祭壇を築いて神に祈る(46:1)。これは過ちから守る最も確かな知恵。ヤコブは無駄に苦労をしていなかった。失敗の多かったヤコブがこうなれた。気持ちがはやる時、衝動に駆られて行動して頭を打ち易いもの。神に聞く道は確かな道を歩ませてくれる。

【証】会堂建設の時に一同気がはやったが、私は神の御心を尋ねた…「私はこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もこれに打ち勝てません」(マタイ16:18)献堂式の翌日最終支払をしなければならなかったが、百万円不足だった。しかし聖日に、三か月前に枚方の家の増築のため、金剛に住む娘さんの家に来られていた婦人がその事情を知らず感謝献金!丁度の額だった。神の御心を祈り求めた素晴らしい結果だった


V.不安の中を共に歩んで下さる神

ヤコブの不安を知っておられた神は素晴らしい御言葉を語られる。「恐れるな。…

わたし自身があなたと一緒に行く」(46:3,4) 「がんばって行け」ではない。

→「わたし自身があなたと一緒に行く」とは何たる幸い!

【適用】あなたが行く場所、或いはこれから行こうとしている処には敵や問題があって不安かもしれない。しかし覚えよう。「わたし自身があなたと一緒に行く」と言われる方がおられる。この言葉程強いものなし! 

posted by kbcc at 16:47| 礼拝