2017年07月03日

2017年7月2日礼拝メッセージ「喜びの大逆転」創世記41:46−52音声で聴く。

創世記41:46−52 喜び大逆転  17/7.2

【序】高橋尚子というマラソンランナーがいた。オリンピックで金メダル取った実力者。彼女にも挫折の時があった。特に04年には足首を骨折して「再起不能か」とも思われたが、翌年の東京国際大会で見事優勝した。インタビューで「悪い事も色々あったけど、オセロゲームのように黒だったものを全部白に変えられた!」嬉しい表現!今日の聖書はヨセフが人生の大逆転の日を迎えるところ。ここから聖書が語る励ましのメッセージを伝えたい


T.苦しみも忘れる日が来る

「神が私の全ての労苦と私の父の全家を忘れさせた」(41:51)

 ヨセフ17歳からの青春時代を13年間、牢獄でしかも冤罪による絶望的な日々を過ごした。そんな彼に嬉しい大逆転の日が来たのだ。

【適用】現在20年ぶりに「教会案内」を作成中。内藤兄と真理子先生が担当。挨拶文を依頼され冒頭にこう書いた「あなたが人生を捨てても人生はあなたを捨てない」これは教会HPの表紙の言葉でもあり私の牧会人生の実感!今が人生の全てではない辛い日々も忘れるができるが来ることをヨセフの生涯は語ってくれる


U何が苦しみを忘れさせたか

 ある人は、彼がエジプトの大臣になる程の出世をしたからだと言う。しかし日本の歴史上、出世をして相手復讐する武将の話が多く有るではないか。だから出世が心を広くさせたのではないのだ。それでは何か?神が…忘れさせた」(51)

 具体的に聖書は説明する→45:5!「神は命を救う為にあなた方より先に、私を遣わして下さったのです」それまでは兄達がヨセフを奴隷として売ったからエジプトに来させられた、と思っていたのが「神があなた方を救うために先に遣わして下さった」という理解に変わっている!つまり「思い」が変えられた事が苦い過去を帳消しにできた理由!

【適用】U兄の父親に対するわだかまりが消えた証…

多くの人は感情から変えようとするが、不可能。大切なのは思いが変わったら感情は変わる!


V.神の最善計画を信じよう

神と人間との根本的違いは「神は未来が見えるが人間は今しか見えない」事だ。

それで、今起こっている事柄が辛く意味不明に思えると、つい落ち込み文句も言いたくなる。しかしヨセフの人生から学ぶように、辛い経験も神の最善計画の中にあった。故に聖書はあなたもこの神の最善計画を信じなさい、と励ましているのだ。

【適用】私の交通事故や父の倒産も、当時は「不幸、運が悪い」としか思えなかったが、今振り返ると、それがなければ私も父も神を知り救われることはなかった、有り難い経験であったと心底思える。

エレミヤ29:11

posted by kbcc at 06:13| 礼拝

2017年06月26日

2017年6月25日礼拝メッセージ「人生の勝利者」Tコリント13:13 音声で聴く。

Tコリント13:13         「人生の勝利者」           17/6.25

【序】将棋界の勝利者は藤井聡太君だが、人生の勝利者とはどんな人?億万長者?高い地位を得た人?華やかな世界で活躍する人?…多くの方を見、また聖書を学んできて思うに、どうも違うのではないか。人生の勝利者についてメッセージしたい。


T.人生の勝利者とはどういう人のことか

1.キリストが「栄華を極めた人」と言われたソロモンの告白

最高地位の王、莫大な富、事業の成功者、最高の知恵。快楽…どれをとってもスーパー

だが、彼の告白空の空。全てが空」(伝1:2どうもそれらは勝利者条件ではなさそうだ。

2.私が出会った身近な人の証(Yさんに起こった悲劇と信仰告白)

生き甲斐は仕事、支えは健康と家族。支店長になった。憧れのデスク!三カ月後、胸の激しい痛みで病院搬送。心筋梗塞!一命を取り留めたが働けない。本店の社長に退職を勧められた。仕事と健康にも裏切られ家族は動揺。悶々とする日々の中ラジオの福音番組で聖書を求め読む。「仕事も健康も当てになりません。病気は辛かったが健康な時には得られなかった人生の支えと心の安らぎを聖書から与えられ嬉しいです」と。

※人生の勝利者とは「いつまでも残るものを」(Tコリント13:13を得た人だ。


U.いつまでも残る三つのものー信仰・希望・愛 

1.信仰=イザとなった時に真に依り頼める神への信仰

 試練は大抵突然やってくる。人間関係崩れる、大きな病、家庭の問題、経済ピンチ…そんな時何を支えにできるか?お金を山と積んでも命も希望も愛も幸福も買えない。聖書は真の支えは愛と全能の神への信仰だと語る。なぜ人が病や試練に会うのか。それはあなたの運や心がけが悪いからではない。倒れない前には今までの知識や経験で何とかもっていたのが通用しない世界のあることを知って、それに勝る新しい力と希望を知るためである!

2.希望死がひたひたと迫ってくる時にも死に打ち勝つ希望のこと

ジャンボ宝くじで一等三億円に当選したとする。大喜びの中電話が入り趣味で撮影した写真がコンテストで優秀賞をとった写真集を出版したいと。更に仕事の得意先から百億円の仕事の発注!一日に嬉しい事が三つも重なり頭がクラクラ。そこで、病院で熱さましをもらうが、医者から「一ヶ月前の人間ドックの検査の結果、現代医学では処置なしの難病で、余命一ヶ月」の宣告。その死の宣告を受けた時、それまで聞いていた嬉しい知らせは、輝きを増すか?否だろう。むしろ生きれないことを悔しくさせるばかりだろう。死という問題を解決しない限り、人生は何も解決していないのと同じことなのだ。

※キリストヨハネ6:3940

3.=人を真実に生かす力

一般的に愛とは「好き」になる事との理解。例:あの人を愛している=あの人が好きだ。しかし聖書が語る愛は好きという恋愛を意味しない。聖書の言う愛はアガペという言葉。日本語的に訳し変えると→「大切にする」が最も相応しい定義。「あの人に愛されている」「あの人に大切にされている」であり、「神はあなたを愛している」は「神はあなたを大切にされている」という事だ。この「大切にされる」という愛は実に大事で、私達はよく「元気が出る、出ない」と表現するが、あなたがたその環境で大切にされている時、あなたに元気が出てくるのであり、あなたがその環境で大切にされていない時、元気が出てこなくなるのである。故にあなたを造りあなたをあるがままで愛している神を見出すことは生きる上で実に大切である。

「わたしの目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」(イザヤ43:4)  

【結び】吉田姉の御主人(膵臓癌)の救い…(次頁参照)






吉田勝亮(かつあき)兄の救いと平安体験の証

教会員吉田定子姉のご主人。永く吉田姉はご主人の救いを祈ってこられたが、困難を憶えておられた。(性格逆、ご主人が右と言えば、奥さんは左と思う。奥さんが教会に行けば、自分はお寺)そんなご主人が体の不調を訴えられたのが2004年夏、進行性の膵臓ガンが判明。しかしインフォームドコンセント受け付けない。しかし治療しにくいと言うことで通知。「ああそうですか」それから苦悩始まる。吉田姉も意を決して看病に当たられる。最後の正月を家族と過ごし病院に戻ったある日、2005年の1月24日の月曜日奥さんに「あんたはいいなあ、行くところがはっきりわかっていて…」と寂しそうに言われ、その表情から求めていると感じた奥さんが「じゃあ教会の牧師先生に来ていただく?」と聞かれると「うん。お願いしたい」とのこと。その夜電話をしてこられ、翌日私は出かけました。病院で自己紹介をし、「私にできることがあれば何でもいたします。心にあることを仰ってください」と申し上げました。ご主人は「私は退職してこれから何をするか…健康をかねてお寺参りに行くこともしていました。病気になってからは更にとも思い足を運びましたが、手を合わせても何の安らぎも得られず支えにもなりません。どうしたら支えを頂けるのか…」

私「そうでしたか。吉田さんが心の中にあることを正直にお話下さいましたので、私も率直にお話しいたします。…実は聖書によれば人間は皆天地創造の神様によって造られた存在です。ですから人間が作った偶像に手を合わせてみても安らぎは得られないのです。創造者である神様に立ち返ってこそ真の平安があるのです。でも人間は神の前には罪を持った者ですから、そのままでは清い神の国に帰ることはできないのです。それで神様は人間を憐れみ、神の御子であるキリストが世に下り、私たちの罪を身代わりに引き受けて救いの道を開いて下さったのです、それが十字架です。そればかりか、日曜日、死を打ち破って復活され、信じる者に永遠のいのちをさえ授けて下さるのです。」

吉田さん「それがわからんのです。死んだ人間が甦るなんて信じられません」

私「確かにそういう面がありますよね…。吉田さんは正月にお帰りになって奥様のお節を召し上がられたでしょう。その時変な話ですが、毒が混じっている等とは微塵も考えらなかったでしょう。そのまま信じてお食べになったでしょう。それと同じ様にキリストの弟子達は自らキリストの復活に接し、その後命を懸けて伝道していったのです。命を懸けて聖書も書かれたのです。そのまま信じられませんか」

吉田さん「わかりました。そう信じます」

「ではお祈りしましょう。私の後についてお祈り下さい」とお導きしたところ素直にお祈りになり、「主イエス様を罪からの救い主と信じます。アーメン」と祈られました。目を開けるとお顔は涙でぬれていました。奥さんも私もそうでした。ご主人は「ああ、嬉しい、これで永遠の命に預かられます。先生、不思議ですね。お話しいただいていた間、全く痛みがありませんでした」奥さんは「これは奇跡です。今まで生きてきて一番嬉しかった」と、どっかで聞いたような言葉を言われご主人と抱き合われました。その二日後、病院にお見舞いに行きました。余りの変化にその後どうなっているか気になっていました。行くと本当に喜んだ表情で迎えていただき「ああ良かった、変わってない。神様の御業だったんだ」と安堵しました。それ以上に聞いて驚いたのは信仰告白された翌日、お見舞いに来られたご自分の兄、姉に「自分はイエス様を信じて救われた」と言われ、さらに長年親交のあった仏教徒の友人に「悪いけれど、僕はキリスト教で行くわ」と証されたとのことです。それで話はトントン拍子でその週の土曜日、病床洗礼を授けることになったのです。東京の娘さんや大阪の娘さんもやってきての事です。本当に神様の御業としか言いようのない事でした。

29日病床洗礼。2月2日大勝利者のように平安の内に召天。



posted by kbcc at 15:45| 礼拝

2017年06月19日

2017年6月18日礼拝メッセージ「逆境にも終わりの時がある」創世記41:1-40 音声で聴く。

創世記41:1−40     「逆境にも終わりの時がある」      17/6.18

【序】人間はロケットを月に飛ばす程の知恵を与えられているのに、1分1秒先のことが分からない。それだけに今の現実が意味不明だったり、逆境に出会うと、それがずっと続くのではないかと不安になる。そんな私たちに今日の聖書は大きな励ましを与えてくれる。 逆境の中で知るべき確かな事は:


T.神の最善の時を信頼すること

「それから二年後、パロは夢を見た」(1)

ヨセフにとってこの二年は虚しい二年だった。献酌官がヨセフの為に王に執り成すのを忘れてしまっていたからだ。しかしこの忘れられた二年が幸いする。なぜなら二年後パロ王は夢で悩まされ、献酌官が忘れていたヨセフを思いだし王の前に呼び出されたヨセフが王の夢を解き明かし花開く人生が展開して行ったからだ。もし献酌官が監獄を出て直ぐにヨセフの事を王に訴えたとしても王は外国人の奴隷の願いなど聞く耳を持たず無視されて終わっただろう。そう考えるとこの二年は縮められてはならない二年であった。早かったらヨセフの活躍はなかった筈。二年後が最適!

【適用】人は「苦難よ、早く終われ、早く、早く!」と焦る。しかし私達の人生を振り返って「あれは、あの時で良かった」と思うことがあるのではないか?神の時は人に隠されているが最善を信じよう!ハバクク2:3


U.他人の薄情さも用いられる事を知ること

「ところが献酌官はヨセフのことを思い出さず…忘れてしまった」(40:23)

ああ、人は薄情。確かにそうかも知れない。しかしその薄情さのおかげでヨセフ

の人生は開花した。故に人に頼ることをやめ、真に頼るべき神に頼る事だ。

「あの人の薄情さで、不手際でこんな逆境を味わっている」と嘆く人よ。頼りにならない人間への依存心を捨て真に頼れる神を見出す事は素晴らしい! 人の薄情にも効用がある!

【証A御夫妻が病床洗礼、お寺さんが亡き夫への慰めの言葉もなく不親切。それが悩んでいた寺との関係が切れるきっかけ。後曰く「お寺さんの不親切を感謝します」と。


U.人生のゴールを間違えてはならないこと

 「それを解き明かすのは神ではありませんか」(16)

ヨセフはパロが見た夢を解きかし(25-28)、更に政策まで進言する(33-36)。この態度にパロが惚れ込み、ヨセフを王の次の位を持つ大臣に取り立てる(39,40)

ここから学ぶべき事はヨセフは決して出世を目指してそうなったのでもなく自分の夢の解き明かし能力を誇るのでもない。ヨセフは世界を治める権威を神から委ねられているパロを助け、人々の救済を実現し、その為に神を証する事を目標にしたのだ(16,32それ故パロも又ヨセフを「神の霊の宿っている人」(38,39)と告白する。

何を人生のゴールにしているか?出世することや金持ちになることを目標にすることと、神を第一に証することによって出世や富を得ることは異なる話である。より祝福されるのは神の御心を第一にして生きる事である。

【証】神学生時、生きて働く神を深く知った経験…マタイ6:33!

posted by kbcc at 14:37| 礼拝