2017年09月17日

2017年9月17日礼拝メッセージ「地の上に平和を」ルカ2章8-14節音声で聴く。

ルカ2:8−14   「地の上に平和を」       

【序】「地の上に平和」は人類の切なる願いだ(国家も個人も家庭もなぜなら人間が努力して作った平和は壊れ易く簡単に争いの世界に変わってしまうのをお互い知っており、失望しているからである。そんな私達に聖書は目を転じなさい、キリストこそ人々に平和をもたらすキーワードキリスト誕生によって「地の上に平和があるように」(14)と語られている。どのような平和をキリストはお与えになるのかを伝えたい


1.神との平和

人は神によって造られたからとの関係を必要としている。創造者の神との関係を持たない事を罪と呼んでいる(原罪)「私は罪人ではない」思うもおられるだろうが聖書の罪は刑法の罪ではなく関係の罪。つまり神に造られたのに神を神として認めず無関係に生きていることを罪と呼んでいる。この結果、生きる意味目的?善実行無力。悪抑制弱。一人さえ愛し通せない。挙げ句に死の不安。死後の裁きに罪の解決無力。しかし2千年前にキリストが十字架上であなたの罪の裁きを身代りに受けて神との平和の道を開いて下さった。この平和を得る方法は修行も善行も不要。唯キリストを罪からの救主と信じるだけでよい。 キリストこそ神との平和の鍵


2.人との平和

 親しい人との平和は簡単だが、問題は苦手な相手や敵との間には平和が保てない。しかし神は敵との間でさえ「和らぐ」事ができる道を示された。その方法は相手との説得や相手を変えようとする努力ではない。相手を見るよりもまず自分が神の御心を行う事!やがて神がふさわしい時、その人との和らぎを与えられる。

「主は人の行いを喜ぶ時、その人の敵をもその人と和らがせる」(箴言16:7)

【証】祖父は国立大学病院の医師で幸せな4人家族がいた。しかし家庭の平和が崩れる。祖父が病院治療できないと言って女性を連れてきたが、その女性が子供を産む。祖父の浮気の相手だった祖母も娘も憎しみの余り、次女はノイローゼで死亡。祖母は離婚し田舎で生活を始めたが恨みしか残っていなかった…そんな彼らに近所の婦人が家庭集会に招いた「汝の敵を愛せよ。何と浮ついた言葉!と吐き捨て帰宅、その後それを語ったキリストが十字架上で「父よ彼らを赦し給へ」祈りのために身代わりの罪の裁きを受けてくださり赦しの道を開かれた神の御子と知った。キリストを信じた結果、その憎しみが消えてなくなった!キリストこそ人との平和の鍵!


3.心の平和(安)

不安と恐れの中で必要なのはこの心の平和(平安)である。

【証】アポロ13号は地球から55時間後、33万q離れた地点で、宇宙船内の酸素タンク爆発酸素喪失は宇宙船の機能停止と3の飛行士の死をも意味した。NASAでは大統領による殉職声明文も用意された程。飛行士のパニックが想定されたが違った。3人手を握り神に祈り始めた。Tコリント10:13「…脱出の道も」そこから宇宙船を脱出し月面着陸乗り換えて地球交信する事によって無事地球に生還した。アポロ13号の奇跡と言われている。心の平安はゆとりをもたらし素晴らしい発想と生き方が生まれるキリストこそ心の平安の鍵!

[結び]国家の平和が実現する順序は、先ず神に栄光(神との関係)。次に人との関係(14)。この順序を飛ばしては平和の実現はない。エゴが支配するからである。心したい!

posted by kbcc at 19:44| 礼拝

2017年09月10日

2017年9月10日礼拝メッセージ「世界を動かすのは誰か」音声で聴く。

ルカ2:1−7 「世界を動かすのは誰か」  

【序】現代はやれミサイルだ、水爆だ北朝鮮に振り回される物騒な世界である。地球環境だけではなく自分の置かれている環境という世界で何かと物言う人もいて振り回され迷惑な場合もある。何かに支配されていると思うと自由が無くなり思い煩いも増す。そんな時どうするのか、ヨセフとマリヤの姿から学びたい。


T.無理やり動かされたマリヤとヨセフ

 キリストの誕生はローマ帝国初代皇帝アウグスト(BC27-AD14)の時代で、長く続いた戦争で経済を立て直す必要あり住民登録して税徴収は当然(1)しかし この命令はヨセフとマリヤにとって至極迷惑。なぜならマリヤは9カ月の身重。しかも生まれ故郷のベツレヘムまでは300qある。危険極まりない。

※自分の意に反して無理やり事が起こる。→ところが、二人はこの命令に従った。


U.マリヤとヨセフがわかったこと

 1.神の守りの確かさ

旅は危険であったが「月満ちて」無事に出産。(6)「案ずるより産むがやすし」 であった。信仰者の道は安楽ではないかもしれないが、安全な道。

「…倒されても、真っ逆さまに倒れない」(詩篇37:23,24)

2.神の言葉の確かさ

かつて神から人類の救い主の受胎告知されていたが、ベツレヘムでキリストの出産に導かれた事でミカ5:2預言実現を知り、キリストこそ約束された人類の救い主であり、また神の言葉に従う人生の確かさを知った

開拓伝道に導かれた「新田を耕せ」とそれに伴う2週間後の導き…御言葉は真実=神に従って間違いはない


V.誰が世界を動かすか

アウグストの命令は極めて政治的な事柄であったが、神はそれさえ用いて長い間預言者を通して語られてきた約束の言葉の実現の機会とされた。つまり、世界の最高権力者アウグストも神の御手の中でしか動いていない。全てを動かしておられるのは世界を造り治める神である。アウグストが世界を動かしていると思えば怒りも不平も生じるが、実際はアウグストのまだ上に神がおられて全てを動かしておられるのだ。この悟りは思い煩いから解放する!

「思い煩い」とは自分のせいなのに他人のせいだと思いイライラしている状態であり、逆に自分のせいではないのに自分で何とかしようともがきイライラしている状態で…神こそ全てを動かすお方を知って委ねよ!

【適用】あなたの人生にも「アウグスト」がいるのではないか?抵抗しがたい運命のようなアウグスト自分を支配する人としてのアウグスト。負わされた病や責任というアウグスト。しかし知ろう。世界の支配者「アウグスト」も神の御手の中でしか動いていない。あなたを支配するのはアウグストではなく神なのだ、その神に全てをゆだねて生きよう神は豊かな人生の祝福へと導いて下さる。

posted by kbcc at 19:28| 礼拝

2017年09月03日

2017年9月3日礼拝メッセージ 「逆境と回復」」ルカ1章57−66節音声で聴く。


ルカ1:57−66 「逆境と回復

【序】人生いつも順風満帆とは行かない。時に逆風を受ける事がある。辛い思いもするしかし正月に子供が遊ぶ「凧上げ」は逆風でないと空に舞い上がらない様に人生にも逆風特有の恵みもあるのだ。今日の話はキリストの道備えをした洗礼者ヨハネの誕生のところだが、その両親が学んだ出来事から「逆境と回復」として語りたい


T.逆境も終わりの時がある

ザカリヤは言葉を話す機能を失うという逆境を経験したが、やがて回復して神の恵を誉め讃える者になった。試練の時には「このままで終わるのではないか。自分は神に見捨てられたのではないか」という不安を感じるが、そうではない。逆境も終わる時がある。

【適用】しかし病気に負けて終わる人生もあるではないか、という疑問の方へ:

病気に負けたから死ぬのではない。神がその人を天国で必要とされる時が来たから地上の生涯を終えて召されるのだ。クリスチャンには世を終えると思われる死でさえ永遠の命の道が開かれているのだから。


U.逆境の時には反省せよ

ザカリヤ神への信仰をもっていたが、念願の子供を与えられるという約束を聞いた時、嬉しい筈なのに、神の全能を信じる信仰を働かせるができなかった。今までの常識とか経験で判断したために不信仰に陥った。「ここ一番」という時があるが、その時、形式だけの信仰であった事に気づかされた。ザカリヤは言葉を失い、人々とのコミュニケーションを失う中で、神と対峙し神に信頼することを学んだ。

【適用】「逆境の時には反省せよ」(伝7:14)とある。反省というのは自分はダメだというのが反省ではなく、何が一番大切なのかを見直すことが反省なのである。人生で二番目、三番目であるものを無自覚に一番大切にしてしまってきた事の反省が大事である。

【証】ヘルニア手術で入院中に学んだ「何が一番か?という問い…


V.失うのは得るためである

 赤ちゃんが手にする好きな飴をもっと美味しいチョコレートがあると、飴を手放してチョコレートを取るように、神様はもっと大切なものがあることを教えるために、人生で失うことを経験させる。ザカリヤはある期間言葉を失ったが、後にキリストを預言する言葉と力を与えられている。言葉の自由を失ったが、それは又新しい言葉と自由を得るためであった。知って頂きたい事は、失うことは新しいことを得るためであるという事である。

【適用】元体育教師であった星野富弘さん首から下動かない体の機能を失われたが、口に筆をくわえて花と詩を描き他の人には出来ない人を慰める新しいを与えられた…「動ける人が動かないでいるのには忍耐がいる、動けない人が動かないでいるのに忍耐など必要だろうか、そう気づいた時、身体をぐるぐるに縛っている呪縛という鎖が解けた気がした」「雨にも負けて風にも負けて夏の暑さにも負けて「東に病気の人がいても西に困っている人がいても何もしにない。丈夫な身体になりたくて健康食品にも気を遣い美味いものが好きで拙いものが嫌いでお金もほしい着物もほしい…そんな私があおむけで寝ている」(勝者とか敗北者を超えた余裕)

posted by kbcc at 23:13| 礼拝